5:発電所の攻防

ベニシティを経由して発電所に向かう道すがら、セイナが気にしていたのは昨日の扉と腕輪の件だった。
「ミヨコさんが襲われたのって、この腕輪とジムの扉の件じゃ……やっぱり、エメラルドさんに連絡して、」
「もしその通りなら、アイツはあの時点で拘束してきたな。が、それをしなかったということは、やはり無関係なんだろうさ」
テイルの言葉に一瞬だけセイナの表情がわずかに強張るも、すぐに困ったように笑みを浮かべる。
「それも……そうだね。うん。変なこと言って、ごめんなさい」
「……」
そのまま暫く二人は黙りこくってしまい、見るに見かねたハーヴがわざとらしく翼をあげて二人に尋ねる。
『と、ところで! リユウ博士、というのは、いったいどんな人物なのだろうか? 話を聞いてる限り、だいぶ、アクティブな御仁だとお見受けするのだが』
改めてリユウ博士がどういう人物なのか知らないというハーヴの問いに答えたのは、意外にもセイナのほうだった。
「リユウ博士は、このモノクロ地方では『絆博士』って言われてる方だよ。ポケモンを捕獲する時の原理は各種ボールに設定されているけど、でも、ボールを通さないでもポケモンと友好関係を深める人もいるんだって。そういう、人とポケモンの関係性について調査と研究をしてる博士……って、授業で習ったよ」
『んん? 人とポケモンの絆を研究している博士が、何故、私について見当がつくのだ?』
「リユウ博士は、元々、このモノクロ地方以外からやってきた博士だ。他の地方では、各ポケモンの生息区域について調査研究していたという。それに、”あの”エメラルドが捕獲したポケモンは、すべてリユウ博士が管理を担っている。協会の預かりボックスシステムを通さないでポケモン管理が許されているのも、そういった実績を踏まえてだろうからな」
そうこうしているうちに、一行はシゲン発電所へと辿り着く。
とりあえず、発電所の周囲でフィールドワークをしている可能性を考えて見回ってくるというテイルは、セイナとハーヴに、シゲン発電所の中を探すように言い残してその場を離れてしまう。
言われたとおりにシゲン発電所へと足を踏み入れた二人。見学形式になっている館内を見回っていたところで、ばったりミトリと出会う。
「おや、セイナ君! こんなところで逢うなんて偶然だね」
「ミトリさん!? あ、あの!」
「うん?」
「この腕輪は、一体……!」
瞬間、爆発音と共に建物全体が揺れる。ついで、ミトリに引っ張られる形で、セイナはバックヤードへと引きずり込まれる。物陰に隠れる形で息を潜めていると、慌ただしい足音と共に、館内放送が響き渡る。
『あーあー……このシゲン発電所は、俺達、「白の組織」が占拠した! 無駄な抵抗は止めて大人しくしてろよー。俺達の目的はただ一つ。「生命の宿り木はどこだ!」』
再び大きな爆発音が鳴り響き、建物が振動する。オロオロとするセイナとは対象的に、ミトリは周囲を見渡すと、地下へと続く通路を見つける。そして扉を開け放つと、セイナを振り返る。
「セイナ君。僕はこれから、この地下道を通って、助けを求めることが出来ないか確認しに行くつもりだ。ただ、僕一人では何かあったときに対処できないかも知れない。巻き込まれた君に言うのは酷なことだとは分かっている。でも……どうか、力を貸して欲しい。ポケモントレーナーになった君に、僕は、助けを求めたいんだ」
セイナは差し出された手を見る。ちらりと周囲に目をやるも、普段であれば判断の背中を押してくれる彼はいない。ふと、ボールからザードが飛び出してくる。そして、セイナの足を両手で掴んで軽く揺すると、空いた尾でパシパシッとミトリの靴を叩く。
「クァ!」
『自分も一緒だからついて行こう、とのことだぞ?』
ザードとハーヴの言葉に少しだけ勇気を振り絞り、セイナがミトリの手を握り返す。嬉しそうに笑うミトリに、セイナは無い勇気を振り絞って告げる。
「私で、よければ。手伝わせて下さい、ミトリさん」

一方その頃、爆発音がしてシゲン発電所に戻ってきたテイルだが、発電所は、物々しい格好の者達に取り囲まれていた。また、更に彼らを囲むようにして、警備の者達が激突しているようだった。しかし、彼らは入り口前にいる一人の少年に圧倒され、追い詰められていた。
高笑いをして人間やポケモンを蹴り飛ばす少年を木の陰から観察しつつ、さてどうやって内部に入るかと悩んでいたテイルは、何も無い空間に尋ねる。
「この場合、俺がアレの注意を引きつけていれば、お前は中を何とかできるか、エメラルド」
その言葉と共に、テイルの目の前の木が歪んだかと思うと、カクレオンと共にエメラルドが姿を見せる。
「……あーれー? テイルさん、何時からお気づきでー……?」
「マスターランクの人間が、”たかが”少女の保護者をして、謎の喋るポケモンを連れ歩き、脅迫状の件で失踪した博士を追っている。これだけの”異常”が揃えば、アゼルが黙っている訳ないだろ」
「それ分かってるなら、なんでお前、こっちに相談しないんだよ」
「色々と事情がある。それで、俺の提案は正しいか?」
「問答してる時間も惜しい、ってか。はいはいそーうーでーすー。お前があの白の組織の幹部、シィってやつだな、あれを抑えててくれれば、こっちで中をちゃちゃっと制圧する。問題ないよな?」
「十分だ」
エメラルドの回答に満足したテイルは、さっさと白の組織の前に姿を現す。襲いかかってくる下っ端達をマッスグマや手持ち達で薙ぎ払いつつ、不気味な笑みを浮かべる少年と対峙する。
「へぇ、少しは楽しめそうじゃないか……その澄まし顔、歪んだらどんな風になるかなぁ!」
襲いかかってくる少年と手持ち達に対して、テイルは事も何気に立ち向かうのだった。

ヒトカゲの尾火を頼りに地下道を歩く道すがら、セイナは改めてミトリへと腕輪の件を問いかけるが、
「まさか、君の腕輪がそんな不思議なものだったなんて……すまない。あれは、協会から渡されていたものの一つだったんだ。登録自体は正常に出来ていたから、君の参加資格が失われるとかはないと思うが……とりあえず僕の方でも、誰が元の持ち主か確認しておくよ。そういえば、新しい手持ちは増えたかな? ジム巡りとかしてるのかい? 何か面白いことはなかったかな?」
ミトリと別れてシュコウシティを旅立ってからの今日までを、ハーヴの件を誤魔化しつつ話をする。ジム巡りをどうするか悩んでいることを聞いたミトリは、何故か少しだけ楽しそうな表情でセイナを見下ろす。
「その『試練』がどういったものか、聞いてるのかい?」
「いえ。その前にミヨコさんが倒れてしまったようなので……」
「それじゃあ、セイナ君。君は『試練』と聞いたら、誰かに頼るものだと思うかい?」
「いいえ。自分で乗り越えるべき、或いは、応えるべき試験みたいなものかと」
「それなら、”誰かに迷惑をかけることはない”。違うかい?」
「あ……」
「それにほら、各ジムに扉があるなら、他のジムリーダーが何か知っているんじゃないかな。そこで詳細を聞いて、改めてどうするか考える。話を聞いたから必ず『試練』を受ける、とは限らないだろうしね。どうだろう?」
「はい。――有難うございます、ミトリさん」
「どういたしまして。こうして新人トレーナーに道を示していけるなら、先輩トレーナーとしての冥利につきるからね。さて、ジムに行くためにも、まずはこの状況をなんとかしない、とっ」
足下に「グリーンルーム出口」と書かれ、上へ登るための階段を見つけた一行は、案内に従って地下から地上へと戻る。
登り出た場所は、様々な草木に囲まれたどこかの部屋の一室だった。ドーム天井を見上げてやはり発電所内かと落胆していたが、ふと、視線の先に奇妙な木を見つける。腰くらいまでの高さしか無く、虹色の雫のような木の実が宿った、うっすらとした灯りを伴ったガラスのような樹木だった。
「もしかして、これが”生命の宿り木”……?」
「こんなところにまで見学客がいるたぁ驚きだな、おい」
そこへ、同じ服装をした者達を連れてた女性が姿を現す。視線を鋭くし、女性は不思議な木を指し示す。
「俺たち白の組織は、その木に用があってなぁ。大人しくしててくれりゃあ、痛い目を見ないで済むぜ?」
その言葉に、ミトリがセイナを庇うように立ち塞がる。
「あいにくと、僕も元協会所属の端くれでね。黙って見過ごすと、後が怖いんだよ」
「ほぉほぉやる気十分と。なら、」
ボールからコウガザルを出した女性が、何かの薬を服用する。瞬間、女性がその場に倒れ伏し――代わりに、ギラリとゴウカザルの目の色が変わり、口を開く。
『ひっさしぶりの”ポケモンバトル”だ! ギリギリまで、俺を楽しませろよ!』
「ポケモンが喋った!?」
「ちぃっ!」
先程の女性が乗り移ったかのようなゴウカザルに対して、ミトリがフシギバナを繰り出して応戦するも、タイプ相性と相手の素早さに翻弄されてしまう。一方で、他にポケモンをだして近寄ってくる下っ端達を、セイナがザードで応戦するも、多勢に無勢で徐々に追い詰められる。そこでセイナがザードに「炎の渦」を指示して敵ポケモン達を一時的に遠ざけ、その間にミトリに提案する。
「ミトリさん! 私が、あの人と時間を稼ぎます。だからその間に、外に出てください……!」
「しかし」
「私の知る人が! 絶対、この戦いの音に気付きます。あの人が来れば、私なんかよりも……!」
下を向きそうになっているセイナの手を強く取り、ミトリは頷く。
「分かった。だが、全てを承諾は出来ない。だって僕は、君達の”先輩”だからね。――勇気を振り絞ってくれて、有難う。さぁ、一緒に時間を稼ごうか!」
時間稼ぎの方法を聞いたミトリが、フシギバナのツルで、ゴウカザルや下っ端達の移動方向を誘導させる。そして、密かに穴を掘るを使えたヒトカゲが用意した落とし穴にゴウカザルを落とし込み、その上からヒトカゲが炎の渦を吐き出す。しかしゴウカザルも負けじと吐き出し、進化前故にその炎が徐々に押し巻けていく。その様子に、自分の手を強く握り、セイナが応援を口にする。
「が……頑張って、ザード!」
その言葉を受けた瞬間、セイナの腕輪と背後の木が光り、同時にヒトカゲの身体が光り出して、ついにはリザードへと進化する。進化したリザードが、威力の増した炎の渦、ではなく、火炎放射でゴウカザルの炎を押し返す。突然の事に虚を突かれたゴウカザルは直接炎を受ける。穴の下で倒れたゴウカザルに歓声を上げるセイナとザードだが、実は倒れたフリをしていたゴウカザルが穴から飛び上がる。そして、セイナ達に襲いかかろうとして、
「『サイコキネシス』!」
違う方向から強いサイコエネルギーの塊がゴウカザルや、迫っていた下っ端達を諸共吹き飛ばす。
「やぁやぁ、間一髪だったようで!」
「エメラルドさん!?」
「アイツから中の鎮圧を頼まれたもんでねー。さて、あのゴウカザルを倒せば、残りは終わりって感じか?」
エーフィを従えたエメラルドが臨戦態勢を整えるも、何時の間にか女性の方が起き上がり、気絶したゴウカザルを回収していた。そして、セイナ達が庇っていた木が消えているのを見て、舌打ちする。
「木が無くなった以上、ここに用はねぇからな!」
煙幕を投げつけてその場から待避。他の白の組織の構成員を逃がしつつ、発電所の表側に回ったイナリは、その光景に合点のいった表情を浮かべる。
「ったく、シィの野郎、一体何してやがっ――……あぁ、そういうことか」
そこには、ハッサムと共に地面に這いつくばって苦々しい声を上げているシィと、平然とした顔で手持ちを従えているテイルの姿があった。一方のテイルはイナリに気付くも、少年に肩を貸す彼女を特に邪魔するでも無く声を掛ける。
「アンタがそれの保護者か」
「ま、そんなもんだ。しっかし、まさか数少ないマスターランク様が直々にこんなところに来られようとはねぇ。……おいシィ、しっかりしろよ」
「イナリ! うっっ、ざい……僕は、っ……こんっ、な、やつ、にぃ!」
シィと呼ばれた少年の鳩尾を殴って気絶させたイナリと呼ばれた女性は、彼を脇に抱きかかえて立ち上がる。そして、戦闘態勢を解いたままのテイルを皮肉そうに見つめる。
「へぇ。見逃してくれるってわけか」
「逃げる奴を追いかける趣味は無いし、協会から依頼が来ているわけでも無い。それに――結局煙に巻かれるくらいなら、無駄なことは互いにするべきじゃないだろう」
当たり前のように言うテイルにケラケラと笑ったイナリは、彼へと手を差し出す。
「お前さ、もっと力が欲しいって思わないか? マスターランクなんて高見にいたら、普通のバトルじゃ物足りないだろ? ――人以上の力が欲しいと思わないか?」
「何が言いたい」
「白の組織は、”人でありながらポケモンの力を手に入れる”技術を提供できる。だからさ、アンタも”アイツ”みたいに、白の組織に来ないかって話だよ」
「断る」
にべもない返事に肩をすくめて、イナリは飛行ポケモンを取り出して、その場を離脱する。去って行く彼女の背を見つつ、言われた内容に違和感を覚えるテイルだった。
「”アイツ”みたいに……?」

改めて施設の内外を探したものの、リユウ博士の姿は見当たらなかった。
落胆するセイナから事情を聞いたミトリは、事件直前ぐらいまで、博士と会っていたことを告げる。
「僕は午前中、リユウ博士とここで話をしていたんだ。確か、ランタウンに用事がある、と言ってたかな」
一方テイルは、自分を監視していたエメラルドに声を掛ける。
「お前はどうすんだ?」
「とりあえず、ここの後片付けかねぇ。あ、俺のことは全然気にせずご自由に~。なんか大変そうなら、また手を貸すこともやぶさかじゃないぜ」
「……他に目的があるのか」
「それ、お互い様だろ?」
普段よりも含みのあるもの言いにそれ以上追求せず、テイルは話を打ち切り、行き先が決まったというセイナの元へ戻るのだった。