4:選ばれた者への試練の始まり

モエギシティについた一行は、立ち寄ったポケモンセンターでモエギシティのジムの話を聞く。
今回のサマートライアルでは、通常の公式ジム戦もできる。ただし、駆け出しのトレーナーでジム戦制覇は難しいため、公式戦にはならない『記念賞代わりのバッチ』と『集めたバッチ数に応じた特典』が設けられている。内容は、ジムを最低4つ巡り、各ジムでもうけられている「バトル以外の条件」をクリアすること。条件はジムリーダーによって異なるが、大抵は、地方伝承にある「地方創生の”おとぎ話”」に沿ったジムリーダー理念に関連したものとなっている。
「愛情」を司るモエギシティジムでは「町近くに生息する規定のポケモンを捕獲し、各ポケモン事に定められた技を覚えること」というもの。ポケモンに技を覚えさせることが出来る程度には、ポケモンを信頼し、愛情持って接することが出来ている、という判断らしい。
話を聞いてそわそわしながらもハーヴの件を気にしているセイナは、「リユウ博士がいる街まではそこまで時間がかからない。1日、2日この街に滞在しても追いつく。それなら、ジムを見に行くくらいは問題ないだろ」というテイルと、「そうだぞ! トレーナーになったからには、やはりジム巡りは醍醐味だからな」と強気なハーヴの言葉に背中押され、モエギシティのジムを訪ねることにする。

始まりの街であるシュコウシティから一番近い街ということもあってか、ジム内部は、参加説明を聞きに来たサマトラ参加者であふれかえっていた。ジムリーダーの女性:ミヨコからの話を聞いていたハーヴは、意外そうな顔でサマトラ参加者達を見つめていた。
『公式戦にならないとはいえ、バトル以外でジムバッチを貰うのは、なんというか新鮮だな。しかも、バッチが4個だけで良いというのも驚きだ』
「サマートライアルは、トレーナーへのなり手不足を解消するため、協会が立案した施策だ。トレーナー不足の要因の一つに、『最初のジムリーダーに勝てず挫折する』というのがある。今回、バトル以外で能力を測り、ジム巡り数が4つと少なくすることで、そういった挫折者を減らすのも、目的の一つなんだろう」

一方、他のトレーナー達と同じように、周辺で捕獲できるポケモン一覧を見に行っていたセイナは、ふと、腕輪から感じる感覚に引き寄せられて、気付けばジム内の奥までやってきてしまう。
辿り着いた場所は、一見するとジム戦をするフィールドのように見えたが、一番奥には木の根が絡まった扉があった。吸い寄せられるように扉に近づいた瞬間、「誰かいるのかしら?」声に思わず振り返ると、そこにはジムリーダーのミヨコの姿があった。
勝手に奥の部屋に入ってしまったことを謝罪しようとしたセイナだが、バランスを崩して、思わず腕輪の填まった手で扉に触れる。瞬間、扉の木の根が崩れ、扉が音を立てて開く。扉の中には宝石箱が設置された祭壇が有り、宝石箱には赤い宝石が収まっていた。その宝石が浮き上がったかと思うと、セイナの腕輪に宝石が勝手に収まってしまう。
更に慌てるセイナとは対象的に、近寄ってきたミヨコはセイナの腕輪を持ち上げてしげしげと見た後、「”今回”は貴方なのね」と呟く。そこへ、騒ぎを聞きつけたテイルとハーヴがやってくる。部屋の様子に驚くテイルとは対象的に、ハーヴが歓声じみた声を上げてセイナの後ろにある扉へ一目散に近づく。
『これは! 地方伝承に出てくる伝説の扉! やはり、ジムリーダーが管理していたのか! コクヤでは見せてもらえなかったが、なるほど……む、木の根が落ちてるということは、普段から手入れをされていなかったか? なら、そもそも普段は扉に近づけず、”条件”を満たした者だけ、が……』
そこまで呟いて、ジムリーダーに気づいて声にならない悲鳴を上げるハーヴとは対象的に、ミヨコは微笑みを浮かべて泰然としていた。一方のセイナは、先程ミヨコに言われた言葉が気になり尋ねる。
「あの、”今回”、というのは?」
「貴方のように、”扉を開けてしまう人”の事よ。私がジムリーダーに就任してからは2回目だけど、実は、過去にも何度かあった事なの」
そう言って、ミヨコは懐から”正式”なジムバッチを取り出すと、セイナの手にそれを握らせる。
「ジムバッチ!? わ、私は何も……」
「いいえ。”受け取らないといけないのよ”。それが、その『ソウセイの腕輪』に選ばれた人の”試練”なの」
「試練……?」
話についていけずに困惑するセイナとは対象的に、ハーヴは何か思い当たる事があるのか、翼を組んで考え込むような仕草となる。そんな二人を見かねて、テイルが口を挟む。
「詳しい話を聞かせてもらえませんか、ミヨコさん」
「あら、貴方はマスターランクの……えぇ、構わないわ。今日は時間が無いから、明日の午前中、もう一度ジムに来てくれるかしら?」
可笑しそうに笑うミヨコに頷いた一行は、ひとまずジムを後にし、ポケモンセンターへと戻るのだった。

「セイナ、腕の方は大丈夫か? 痛みや違和感は無いか?」
「う、うん。特に何も。ただ、腕輪は外れなくなったけど……」
どうやっても腕から抜けない腕輪を見上げ、ハーヴが嬉々とした表情を浮かべる。
『つまりそれは、”本物のソウセイの腕輪”だな! 伝承通りなら、その腕輪は『地方創生物語』における『物語のやり直しを願う者』として君を認識したのだろう。とすると、地方神話に従って、全てのジムを巡る必要が出てきたぞぅ!』
嬉しそうなハーヴの頭を軽くはたきつつ、テイルは半信半疑の表情を浮かべる。
「お前が言っているのは、モノクロ地方の、”あの”おとぎ話か?」
『もちろんだとも! セイナ、君も知っているかな? モノクロ地方の成り立ちとして伝わる”おとぎ話”にして、この地方の根幹とも言うべき地方伝承を……!』
「えっと、物好きな神様と、九つの言葉の話?」
『その通りだ!』
怖々と頷くセイナに機嫌を良くし、ハーヴは朗々と語り出す。
『その昔、その土地には色が無かった。
色が無い故に、そこに住まう者達はほとんどが無機質で無感動で何でも無い存在だった。
あるとき、その土地に物好きな神がやってきた。
神は生き物たちが紡ぐ物語が大好きで、その土地に住まう者達に9つの言葉を教えた。
勇気、友情、知識、愛情、運、調和、善悪、意思、夢。
9つの言葉の意味を学んだ者達を中心に、地方には色が溢れた。
最後に神は、1つの腕輪と言葉を残して姿を消した。
「物語を作り直したい者が居れば、ソウセイの腕輪を通して、私に物語を見せよ。
 再び私を満足させる物語を紡いだ時、私はその者に、物語を作り直す機会を与えよう」。
その後、9つの言葉を学んだ者達は、地方創世の神との約束を守るため、言葉を閉じ込めた宝石を作り上げた。彼らは約束が悪用されないようにと、宝石を扉の向こう側へ隠した。
「物語を願う者よ。汝がその資格たりえるならば、我々にも証を示せ」という言葉を残して。
と。
各地のジムには、それぞれ創世神話における言葉が割り振られている。この言葉を与えられた者たちが、現在のジムリーダーの祖先であり、彼らは扉の秘密を守る者を後継者としていたのだろうな。とはいえ、ジムは8個しかないため、9個目はどうなっているかは調査のしがいがあるわけだが……』
いかにも”調べ見てきた言葉”にどう返事をすればいいか悩むセイナがテイルに目配せすると、彼は小さくため息をつく。
「セイナ。お前が貰った腕輪は、あの社長から貰ったやつだったな。貰うときに、何か気付いたことはあるか?」
「ううん、特には。『腕輪は、モノクロ地方の伝承で語られている腕輪をモチーフにしている』って話してたくらいで……」
「知っていて渡したかの判断は難しい、か。ひとまず、俺の方でも少し探りを入れておく。残りは今後どうするか、だな」
「どうするかもなにも、ジムを巡って扉の向こうにある宝石を集める、に決まっている! もちろん、リユウ博士に会うことも重要だが、やはりこういう非日常的な事態においては――」
「セイナ。その判断は、お前自身が決めることだろう」
「えっ」
「ハーヴの言う通りジムを巡るなら、ミヨコさんが口にしていた『試練』とやらが発生する。それが嫌なら、『試練』は無視して、コイツの依頼事だけ済ませるために、地方を巡るだけでいい。それが終わり次第、協会に報告し、然るべき処置を仰ぐという手もある。協会であれば、もっと専門的な調査が出来るだろうしな」
「で……でもそれ、サマトラを放棄する形じゃ……」
「別に、サマトラのジム巡りは必修じゃない。この旅は、セイナ。他ならぬ、『お前自身の旅』だ」
 テイルの言葉に、少しだけ顔を伏せて逡巡したセイナは、やがて困ったように笑って立ち上がる。
「えーっと……明日、ミヨコさんから話を聞いてからでも、いい、よね?」
「あぁ。急いで決める事でもないからな」
「うん……――それじゃ。夜も遅いし、もう部屋へ戻るから。おやすみなさい」
腕の中に居たザードがやや不満そうな表情をするも、誤魔化すように笑った彼女はどこか逃げるように部屋を出て行く。慌ててついていこうとするハーヴを引き留めたテイルは、扉の閉まる音とともにため息をつく。
『あれぐらいの年頃なら、こういう非日常には憧れるものではないのかな? とちょっぴり思う私であるのだが』
「アイツは慎重すぎるんだ。何かあってからじゃ遅いから、な」
『ふむ……彼女のそういう部分は、君の言う『色々事情がある』に含まれるのかい?』
ハーヴの真剣なまなざしに、テイルはばつが悪そうな表情で視線を逸らして黙りこくるだけであった。

その日の夜、ミヨコは扉が開いた部屋を訪れる。一部木のツタが絡まっている扉は開いたままだが、宝石箱はしっかりと閉じられていた。
数十年前に扉が開いたときも、”コクヤタウンのジムリーダー”からは、『放っておけば勝手に封印扉が閉まり、中の宝石も元に戻る』ということだった。
実際、部屋への入り口を閉めていたところ、気づいた時には扉は閉まっていたし、宝石についても気付けば元の通り箱の中に収まっていた。
曰く、『これは定められた運命の対処であって、終われば再び”選ばれし者”を待つという地方契約の元に行われている、ただの行事ものだよ』とのことだった。
数十年前からの違いがあるとすれば、何時の間にか地面から伸びてきた木の根が扉の周辺に絡みついて、やや木の幹のようになってきているところぐらいか。
そんな言葉を思い出しつつも、ひとまずは部屋そのものの鍵を閉めようとしたミヨコだったが、次の瞬間、彼女の足下にあった黒い影が、彼女をあっという間に地面へと引きずりむのであった。

翌日。
ジムリーダーの元へ向かおうとしたセイナ達の元へ、慌てた様子のエメラルドがやってくる。そして、ジムリーダーのミヨコが何者かに襲撃を受けて入院してしまい、ジムが暫く閉鎖になることを告げられる。
別れる直前を尋ねられたテイルが何も無かったことを告げると、エメラルドから、リユウ博士はベニシティ近くにあるシデン発電所にいることを教えてもらう。
話を聞いた一行は、彼に別れを告げてその場を後にするのだった。

セイナ達が街を出てった後で、エメラルドは現状をアゼルへと報告する。
監視カメラの映像から、セイナが開いたとおぼしき扉、彼女達と行動を共にする喋る謎のポケモン、突然ミヨコが影の中へ吸い込まれ、影から彼女の手持ちポケモンと一緒に吐き出された時には、すでに昏睡状態になっていたことを情報共有する。
全てを聞いたアゼルはエメラルドに対して、セイナ達一行を引き続き監視するようにと告げるのだった。