9:こうして事態は動き出す

砂丘を抜けてウスハナシティに向かう途中、サイドカー付きバイクに乗ってハッサムを連れているジムリーダー:ジュウイチロウと出会う。
最初からどこか臨戦態勢の様子にテイルが構えるも、ジュウイチロウは一瞥と共に鼻を鳴らす。
「テメェに用はねぇよ。用があるのは、そっちのピンク頭。お前だ」
「わ、私、ですか……?」
「どうせ『試練』を受けるなら、俺が連れて行ってやる。話したいこともあるからな。
――おい、マスターの! 別に取って食ったりするわけじゃねぇよ。連れてくところから”試練”の場合、テメェは手を出せねぇ。そうだな?」
痛いところを突かれて顔をしかめるテイルに、ハーヴもいるし大丈夫!と言うセイナを、テイルは渋々送り出す。
ひとまず街に来るなとは言われてないので、先回りして向かおうかと思った矢先、遠くから誰かが走り寄ってくる音が聞こえる。
音のする方へ振り向くと、そこには、大型のポケモン達に追われている白衣の姿があった。駆けつけようとした刹那、何かを蹴りつける音と共に、周囲に雷エネルギーがほとばしり、大型のポケモン達がそれぞれ前のめりに倒れる。そして、倒れたポケモンを踏みつけて現われた女性は、テイルの姿に驚いた表情を浮かべる。
「テイルさん!?」
「ワカナ、か?」
「なんだいワカナ君。君、そこの彼とは知り合いなのかい?」
先程まで襲われていたわりに緊張感の欠けたゆったりした声で、白衣の女性がワカナと呼ばれた女性に問う。頷くワカナを見て、ふぅん、とどこか面白そうな表情を浮かべた女性は、テイルへと向き直る。
「あぁ、名乗り遅れたね。私はリユウ。今は面倒事から絶賛逃亡中で、そして――絶賛厄介事に巻き込まれ中のトラブルメーカーな博士さ。そんなわけで出会って早々申し訳ないが、君にも巻き込まれて貰うよ」
「は?」
瞬間、周囲が霧に包まれるのだった。

*****

バイクに乗って暫くの間、ジュウイチロウは何をいうでもなくバイクを飛ばし、一度だけチラリと様子を見たセイナも、それ以上何か追及するでもなく、黙ってハーヴを抱いていた。やがて、小さな溜息と共にジュウイチロウが声を掛けてくる。
「お前、何で旅してるんだ」
あまりにも唐突な問いに面を食らったものの、連れて行くところから「試練」だという彼の言葉を思い出し、努めて冷静に回答する。
「……サマートライアル参加のため、です」
「なら試練は?」
「え?」
「お前は試練を、何故、受ける。他のジムリーダーに選ばれたとか何とか言われたからって、別に、やる必要はないだろう」
その言葉への回答には少しだけ間があった。ややあって、意を決した少女が呟く。
「だ、誰かの迷惑になるわけじゃ、ないので……」
「それはつまり、試練を受けることが誰かの迷惑になるなら、お前は試験を降りる。そういうことだな?」
その言葉に、セイナが固まる。何か言おうとして、しかし上手く言葉にできないためか、そのまま俯いてしまう。
「だんまりか。そこで声を上げられないなら、この先は」
『セイナ、これは「意思」を問われている! ありそうにもない前提条件なんて聞く必要がない! 君自身の思ってることを、きちんと口にすべきだ!』
声を荒げるハーヴにセイナが目を瞬いてハーヴを見下ろす。一方、ぎょっと驚いた顔をしつつも、ジュウイチロウが吠えるように声を荒げら。
「なっ、ポケモンが喋っ……いや、そうじゃねぇ! お前、”分かってて”言ってるな!?」
『ふんっ! 最初は黙っていようと思ったが、君、底意地が悪いぞ? それは、彼女が”諦めると分かる言い方”だろう。私はその言い方が気に喰わない、と言ってるのだよ。初心者トレーナーに投げかける言葉として、訂正を要求する!』
「ハッ、試練に初心者もなにもあるかっ! 大体、俺のはこれでも手ぬるいほうだ。コクヤの野郎からは、もっと――」
「あっ、あのっ、ジュウイチロウさん! ま、前っ、前を……!」
何時の間にか周囲には霧が立ち込めており、前方には、道の真ん中を中心にして複数匹のピクシー達が立ち並んでいた。慌ててかけた急ブレーキが間に合い、バイクはポケモン達から数メートル程度の位置で急停止。バイクから降り立ち、ジュウイチロウは首をかしげる。
「なんでピクシー達がこんなところに突っ立ってる? いや、そもそもなんでこの辺で霧なんざ発生してやがるんだ。普段、この辺で霧が出ることなんざ……」
言葉の端々からこれがイレギュラーだと読み取ったセイナもバイクから降りた瞬間、ピクシー達が一斉に指を振りだし、そして、「ゆびをふる」によって発生した”攻撃技”が、バイクを思いっきり吹き飛ばす。
明らかに敵意を感じるピクシー達にジュウイチロウとセイナが応戦。1匹で戦おうとするセイナに対して、ジュウイチロウは三体のポケモンで一気に檄を飛ばしていく。そして1匹で対応しようとするセイナに、ダブルバトルをするように指示。
最初は初めてのダブルバトルで、リザードとサボネアへのそれぞれの指示がおぼつかなかったが、主人に向けられたピクシー達の攻撃を二体揃って防いだ姿からヒントを得て、1体に対して重ねるような攻撃を行っていくことで、なんとかピクシーを二体撃破する。
「どうもこいつら、”ウツロックス”を打ってやがるな。――見ろ」
いつのまにか残りのピクシーをすべて倒し切っていたジュウイチロウは、見分し終えたピクシーの尾先を持ち上げる。そこには、傘マークような斑点がくっきりと浮き上がっていた。
『「”ウツロックス”……?」』
「は? テメェら、”巻き込まれてる”のに”ウツロックス”を知らねぇのか!?!? っっっ~~~~ったく、そういうことかよっ!!」
突然驚いたかと思えば、今度はそのまま苦々しい顔で自身の両手を打つジュウイチロウに、セイナ達が困惑する。
ふと、遠くから地鳴りのような複数の足音が近づいてくる。音のする方へ顔を向けた三人が見たのは、数えきれないほどの様々なポケモン達から逃げようとしているテイル達だった。
テイル達もまた、セイナとジュウイチロウ達に気づいた刹那、何故か彼らを追っていたはずのポケモン達が進路を変え、セイナ達の方へと向かっていく。
そこへ、テイルと共にいた白衣の女性がポケモン達の大群に向けて何かの塊を複数投げ込む。次の瞬間、ポケモン達の動きが緩慢となり、ついにはその場で眠りこける形で倒れこんでいく。全員が驚く中、対処した女性は顔色ひとつ変えずにけろりとのたまった
「虎の子の一時しのぎ、眠り粉を丸めたやつさ。さて、事態を解決するためにも場所を移そうか。私のわかる範囲で、君たちの問いに答えるぐらいの時間はあるだろうからねぇ」

*****

謎の機械を取り出して歩き出したリユウ博士は、さして困った風でもなく話始めた。
「さて、どこから話したものかなぁ。始まりは研究所に届いた”警告文”なんだ。私はそれを受け、ワカナ君を助手につけて研究所を出奔。心当たりである”生命の宿り木”を探していたんだよ」
「あれは脅迫状じゃない、と? 現に、生命の宿り木、というのを探し求めてる存在が、貴方の研究所を襲撃しにきましたが」
「あぁ、その謎は簡単だ。なにせ警告文を送ってきた人物と、生命の宿り木を求める”者達”は別なのさ。更に言えば、こうしてミストフィールドに我々を閉じ込めている者達は、生命の宿り木を求めてじゃあない。恐らく痺れをきらして、私に直接嫌がらせをしにきたんだろうねぇ」
「リユウ博士が、彼らよりも先に生命の宿り木の場所を見つけるからです。あの集団、いつも私達を追いかけてきてる、というよりも、生命の宿り木を探している最中に私達と鉢合わせする、という感じでしたから」
「ならこの霧は、博士が目的地にたどり着かないようにしてる、ってことッスか?」
「恐らくそうだろうね。まぁ、こんなことでめげていてはポケモン博士の名折れだ。そう簡単に引くつもりはないとも。さて……セイナ君、だったかな? 訊ねてみたい顔をしているが、何か聞きたいことはあるかい?」
振り返り尋ねられたセイナは、その場にいる全員の視線に僅かに怯むも、ハーヴの翼が重ねられた手を握りしめると、勇気を振り絞った表情でリユウへと尋ねる。
「あの……そもそも、生命の宿り木、って一体何の木なんですか? 発電所とか、カナリアタウンの育て屋の森にあったりして、場所も環境もバラバラで……。この間出会ったイナリという人は、自分たちの”体質”をなんとかするため、って言ってましたけど」
「体質……」
セイナの言葉にテイルが僅かに言葉を反芻する一方で、リユウ博士はどこか面白がるような表情で指を立ててみせる。
「高エネルギーを有する木。それが現時点で分かる、生命の宿り木に対しての、私なりの結論だ。
あれには固有の生体波長があり、何らかの拍子に”弾けてエネルギーを拡散”するのさ。ポケモン、というには、意思が見られないのもあって、分類としては難しいけどね。君が出会った人たちの言う”体質”とやらは、もしかしたら、そのエネルギーが必要なんじゃないかな?」
「弾けてエネルギーが拡散、って、普通に考えて危険な代物じゃねーか」
『いや、あれは”弾ける”よりも”消滅”、が近いな。私や彼女は、実際に木が”消滅”する様子をそれぞれ見ている』
「はー。やっぱり君、喋るんだねぇ」
喋り出したハーヴに驚くワカナの横で、リユウ博士はのんびりした様子でつぶやく。
『その言い方……貴方は、私が”誰”か、または、”何なのか”分かるのか? 頼む! 私は、私が何者であるか知りたい。そのために、私は彼女たちにお願いして、貴方を探していたんだ!』
口を挟んだハーヴの言葉に、リユウは少しだけ目を細めた後、視線を逸らして肩をすくめる。
「……さぁ?」
『明後日の方向を見て言われても、誤魔化してるとしか見えないんだが!?』
「まぁ冗談はともかく、貴方については確証がなくてねぇ。研究所に行けば資料がある。それをもって、貴方の求める問いに答えよう。それでいいかな?」
『あぁ、問題ない。そも、まずはこの場から抜け出すことが先決だろうしな』
真剣に頷くハーヴを、セイナが無意識に腕の中で抱きしめる。そんな様子から視線を外し、リユウは憮然とした表情のジムリーダーへと顔を向ける。
「そういえばジュウイチロウ君は、なんで彼らと一緒にいるんだい? 君、普段は地方内を旅しててジムリーダーとして仕事しない、って有名じゃないか」
「そ、そうなんですか?」
問いかけから逃げるように、憮然とした表情のジュウイチロウが顔を逸らす。
「……例のウツロックス事件に関わってる奴が、どんなツラしてるか見たかっただけですよ。もっとも、例の”薬”を知らない時点で、俺もコクヤの野郎に乗せられただけッスけど」
『そうだ、ウツロックス! 私達は全く知らないんだが、なんなんだ、そのウツロックスというのは? ジムリーダー達が倒れたことと、どういう因果関係があるんだ?』
「ウツロックスは、ポケモンの理性を削り、人間の感情を高ぶらせる禁忌薬。そして、双方の血と共にそれぞれが服用することで、同調現象、シンクロを引き起こす薬だ。ポケモンで有りながら、人間としての意識でもって戦う。薬を服用することで戦いに常勝しやすくなり、依存度合が増していく。ウツロックスを服用した者は、人間であれポケモンであれ、どこかしらに特徴的な痣が現れるため、服用したかどうかはすぐにわかる」
問いに答えたのはテイルだった。目を丸くするハーヴに対して、セイナには思い当たることがあった。
「もしかして、研究所で戦ったイナリさんや、イミヅキの森の人達も……?」
「恐らく、な。ウツロックスは手軽に服用ができる反面、精神汚染という重大な副作用がある。使い続けるうちに、自分がトレーナーとしての人間であるか、ポケモンであるか分からなくなり、そのまま昏睡状態にまで追い込まれるそうだ」
「説明としては正解だ。が、なんで”マスターランクの一般人”がそこまで知ってるか、のほうが俺は気になるんだがなぁ? 協会四天王様は守秘義務を理解してねぇじゃねーか」
「情報源はアゼルじゃない。ただの、お喋りな捕獲屋だ」
ジュウイチロウの猜疑のこもった視線から目を逸らすように、テイルは少し離れた草むらへと視線を向ける。セイナもつられてそちらに目を向けるが、そこには僅かな影が見えるだけで、特に何も見当たらない。
(あれ? 影って……)
瞬間、けたたましいアラート音が思考を遮るように鳴り響く。手元でアラート音を鳴らし続ける機会を操作しつつ、リユウ博士は顔を上げる。
「あぁ。どうやら、目的の場所にたどり着いたみたいだねぇ」
リユウ博士の呟きと共に視線の先に見えたのは、発電所で見かけたものと同じ、うっすらと光り輝く不思議な木だった。慣れた調子で近づいたリユウ博士は他の機械を広げだし、ワカナがその手伝いをし始める。
と、霧の向こうから複数の影が見えたかと思うと、木そのものを取り囲むようにして、複数のポケモン達が立ち並んでいた。
そして他のポケモン達よりも一回り程大きなピクシーが、種族に似合わない悪辣そうな表情で、ポケモン達の背後に控えている姿があった。と、ジュウイチロウが声を荒げる形でセイナを呼ぶ。
「おい、ピンク頭! お前はまだ……――旅に、興味はあるな?」
突然の問いかけに一呼吸分の間はあったが、すぐに意味を理解したセイナは、慌てながらも力強く頷いた。
「はっ、はい!」
「っし、ならオーケーだ。後はお前が、あのデカブツのピクシーを倒してみやがれ。それが出来たら、俺はお前が試練に合格したと認めてやるよ。――なぁ、マスターの! こいつを通すぐらいの余力はあるよなぁ!」
「当然だ」
テイルとジュウイチロウのフォローによって大型ピクシーと対峙したセイナだったが、小さくなるや影分身といった嫌がらせ技によって悪戦苦闘する。サボネアが強力な一撃でダウンしてしまった姿に、状況の悪さを悟ったテイルが駆け寄ろうとするも、ジュウイチロウが手を出すなとその動きを遮る。
気絶したサボネアをボールに戻して俯くセイナの視線の先には、急く様に揺れ動くリザードのモンスターボールがあった。自分を見上げるリザードの視線と、足元で力強く頷くハーヴに勇気づけられ、うつむいていた顔を上げたセイナは、馬鹿にするように笑う大型ピクシーを見据える。
「ザード!」
ボールから飛び出してきたリザードへの呼び声に呼応するようにして、”生命の宿り木”が光り輝く。すると、リザードの身体が僅かに光ると、回避していたはずの本体ピクシーを特定し、そのままサボネアが使用していた地球投げを叩き込む。当たらないと高をくくっていたピクシーへそのまま得意の火炎放射をお見舞い。辛抱たまらず、ピクシーが大きな音を立ててその場に気絶する。
元凶を倒したことにより周囲の霧が霧散し、空には雲一つない青空が広がっていた。一行を取り囲んでいたポケモン達も、つきものが落ちたかのように散り散りに、或いはその場に倒れて目を回していた。
先の戦闘で”消失した”生命の宿り木の前で、リユウ博士は、勝利に喜ぶセイナやハーヴを注意深く見つめているのだった。

霧が晴れたことで、一行はウスハナシティのすぐ近くまで来ていたことが発覚する。
そのままジムの地下にある扉のところまでやってきたセイナだったが、扉が開いた先にある宝石箱は全く開く様子はなかった。
心のどこかで納得しているのを隠す様に苦笑する彼女へ、ジュウイチロウはジムバッチを手渡しつつも釘をさす。
「俺はお前を認めたが……お前が思ってる通り、まだ”意思”が足りなかったんだろうな。ただ、扉は開いてるなら及第点だ。その宝箱は持ってっていいぞ」
「は、はい……。有難う、ございます」
見透かされたことに対する驚きでしどろもどろになりながらも、宝石箱を受け取り礼を言うと、その肩をジュウイチロウが優しく叩く。
「お前、初心者トレーナーって割には、変なところで肝が据わってやがる。だからその、あー、とにかく……そのままサマトレやってりゃ開くはずだ! 試練をこなしたと認めたジムリーダーとして、俺が保証する!」
突然、励ましの言葉をかけられて目を点にするも、意味を理解したセイナが表情を明るくして、小さく首を縦に振るのだった。

ジムの地下にあった扉に用事がある、というリユウ博士と助手のワカナを置いて地上に戻ったセイナ達だったが、日向に出た瞬間に背後の影が伸びあがり、セイナへと襲い掛かろうとする。気が付いたジュウイチロウがセイナを突き飛ばすと同時、呆然とした彼女へ、彼は苦笑気味な表情を見せた。
「お前のせいじゃねぇぞ」
伸びあがった影は、そのまま体勢を崩したジュウイチロウを影の中へと引きずりこむ。
そして少しもしないうちに影から吐き出されたのは、気絶したジュウイチロウと、何故かボールから出されていたボスゴドラ。その体には、少し前に戦ったピクシー達に似て非なる、不思議な傘模様の痣が浮かんでいた。
「全員、その場を動くな! ポケモン協会員として、この場は俺、エメラルドが預かる!」
突然響き渡る号令と足音に顔を向けると、エメラルドが数人のポケモン協会員を引き連れて歩み寄ってくるところだった。やってきた協会員達は、すぐさま倒れたジュウイチロウやポケモンを運び出したり、その場の検証を始める。突然のことに呆然とするセイナ達に近づいたエメラルドは、表情を曇らせていた。
「テイル、と、それにセイナちゃん。申し訳ないけど、詳しい説明を聞きたいから、一度、シュコウシティへ同行してもらうぜ」
「分かった。ただその前に少し、博士と話をしておきたいんだが――」
「私かい? 私も、”そこの彼”と約束があるからねぇ。これを機にシュコウシティへ戻るつもりだよ。協会の取り調べが終わったら、私の研究所に遊びにくるといいさ」
いつのまにか地下から出てきたらしいリユウ博士達が姿を見せ、ちらりとハーヴのほうへと目を向ける。しかし彼は話を聞いておらず、むしろ自分を抱きしめているセイナを心配そうに見上げていた。
『セイナ、大丈夫か? 君、顔色が』
「私、知ってる気がする……前にどこかで、似たこと、が……っ!?」
呆然としながらも先の光景を思い出そうとした刹那、頭の中をかき乱すような強い痛みに耐えきれず、セイナの意識はそのまま闇の中へと落ちていった。

*****

それは、強い衝撃だった。同時に、すぐそばで重たい音がした。
触れた手はひどく冷たくて、どうしたって生きているとは思えないものだった。
そして、
「どうして」
呆然とした、誰かの声が聞こえた。

*****

気絶したセイナは、ポケモンセンターのベッドの上で目を覚ます。そして、気絶の原因となったジュウイチロウの姿を思い出し、その場で取り乱す。
「わ、私を庇ったから、ジュウイチロウさんは……!」
「違う。あれはジムリーダーを狙ってのことだ。お前がいなかったとしても、彼はどこかで、他のジムリーダー達と同じように襲われていたはずだ。それに彼も直前に言っただろう。『お前のせいじゃない』と」
「あ……」
「彼があの一瞬で言ったんだ。感情的に言葉を発する彼が、今更、言葉を取り繕うと思うか?」
首を横に振って冷静を取り戻した様子に小さく息とつき、テイルは目元を緩めて苦笑する。
「お前はもっと、自分の行動に自信を持って良い。そもそも、お前の周りのトレーナーは、大抵、自分の行動には自分で責任を取れるような奴だ」
同じく苦笑しつつ小さく頷いたセイナは、ふと、普段なら声をかけてくるであろう存在の不在に気がつき、軽く周囲を見渡しつつ首を傾げる。
「そういえば、ハーヴは?」
「少し前に、風にあたると言って外に出て行った。協会での取り調べが落ち着けば、否が応でも自分のことに向き直ることになる。アイツなりに、思うところがあるんだろう」
「そう、だね」
砂漠の時の会話を思い出しつつも、セイナは黙って頷くことにした。
(きっとハーヴの決心が固まったら、自分から話すって言ってた。だから……今は、砂漠の時のことは、言わなくてもいいよね)

*****

「君は、本当に自分の正体が分かって大丈夫なのかい?」
飛び上がった屋根の上。月明かりの下で、それは自身の内へと問いかける。帰ってきた言葉は予想通りのもので、彼はついぞ苦笑した。
「私は問題ない。今更私が誰かとわかったところで、彼女達がそれを問題にするとは思えないからな。君のことは……まぁ、テイル君がどう思うかは分からないが……なんだ。それなら問題ないじゃないか」
深く頷けば、内の者から訝しげな感情が伝わる。それにブレることなく、彼は返答する。
「サイハテにも告げたが、私は、自分が消えることに納得している。そもそも、これはイレギュラーな話なんだ。私はあの日あの場所で、確かに、消失したんだ。それは、君が一番理解しているだろう?」
皮肉のつもりは無かったのだが、身体の持ち主にとっては気分を害した内容だったらしい。返答の無いまま不満げな感覚が伝わってきたところで、彼はけらりと笑う。
「なに、君の正体が分かった後、まずは私から話をしよう。それに君が言葉を続けるかどうかは、その時に決めればいいさ」

*****

それはどこかの大きなホールで行われていた。
フードを被り、独特な白と黒を基調とした格好の者達が一様に会する中、壇上には一人の男が立っており、その背後には四人の男女が立ち並んでいる。
中央に座す壇上の男は、集まった者達を見渡しながら、朗々とした声で演説を始める。
「このモノクロ地方は、ポケモン協会という歪みに支配されてしまったことで、人とポケモンは別の存在としか考えていません。人間は、ポケモンを支配し戦う道具として、捕獲されたポケモンは、人間に支配されるべき生き物に成り下がっている。そこには、明確な”壁”が存在しています。
 我々『白の組織』は、人でありながらポケモンでもある、新たなる可能性を持つ者達が集う場所。そしてまた、私を含め、”地方の成り立ちに意義を唱える”サイハテ様のご威光を受けた者達が作り上げた組織でもあります。
 いまここに、私ウツロが、サイハテ様に代わり宣言いたします……――時は来た! 作戦により弱体化したポケモン協会へ、我々『白の組織』は、歴史的楔を打ち込む! 全ては、この歪んだモノクロ地方を正すために!
 我々に勝利の白星を! 敵に敗北の黒星を!」
『白星! 黒星! 白星! 黒星!』
男の声に呼応するようにして、集う者達から、組織を指し示す大合唱が上がる。その様子を、壇上で佇む四人は四者四様の表情で見つめている。
少年は目を細めてくすりと嗤う。自分の中で育つ嗜虐心を、ついに公の場で発露できる瞬間が近づいていることを感じて。
少女は口を歪めて壇上の男を睨む。自身に力を与えた一方で、まるでこの組織の”ボスであるかのように”振る舞う男への苛立ちを抱えて。
青年は目を瞑り口を引き結ぶ。眼前の男の言葉に思うことが無いわけではないが、”頼まれごと”を遂行するためには、余計な口出しは不要であると理解しているがゆえに。
仮面の青年は微動だにしない。状況を眺めているのか、話を聞いていないのか。口元の微笑みだけが、普段通りのままである。
そして、壇上に立つ男――『白の組織』副首領たるウツロは、全てを理解していると言わんばかりの笑みで、眼下に広がる者達を見下ろすのであった。

遠くから聞こえる組織をたたえる大合唱をうっすらと聞き流しながら、サイハテと呼ばれる半透明の男は、とある人物へ電話を掛けていた。そして、不機嫌そうな声を隠す気配のない電話相手へ、彼は、明日の天気でも話すような調子で告げる。
「ウツロがついに動き出した。幹部達も、彼の命令で動き出す。
 あぁ、とどのつまり……――数日以内にシュコウシティが壊滅する、という連絡だ」