3:君とパートナー

ヒトカゲのレベル上げと、セイナ自身の旅のためにと、一行は徒歩でベニシティへ向かうため、モエギの森を通り抜けようとしていた。
セイナはポケモンやトレーナーとのバトルについて、最初こそ戸惑っていたものの、腕に抱いているハーヴの指示が的確なこともあり、大分形になっているように見えた。問題はポケモン達との距離感だった。
ハーヴを抱きかかえるのは問題ないが、肝心のヒトカゲとはどうしても間が空いてしまっていた。ヒトカゲのほうは、何故か頑なにボールに戻ろうとせず、しかしセイナの後をぴったりとくっついて来ては、野生ポケモンが出てくる度に即座に対応している。トレーナー戦闘も、ハーヴの指示という補助つきに加え、ヒトカゲ自身の判断であっさりと倒しているためか、あまり嬉しそうな顔はせず、やはりセイナとは少し距離を開けているようだった。
暫くして、機転を利かせたテイルによって、一行は川の近くで昼食と称して休憩を取ることにした。
テイルはセイナに対して、自身の手持ちであるのマッスグマのグマと共に木の実拾いをしにいくように指示し、ヒトカゲとハーヴを留守番させ、その場からを離れさせる。そして、
「それで……――ヒトカゲ、お前の不満は何なんだ」
『そいつ、胡散臭い』
「胡散臭いのは当然だ。こいつは、ポケモンかどうかも怪しい」
『うーむ、胡散臭いのは否定しにくいが、別に私は君らに危害、を……って、待て。テイル、何故君は、ヒトカゲの言葉が分かった!?』
「セイナには黙っていろ。お前の事情に口を出さない代わりに、こっちにも色々事情がある」
それ以上突っ込めないハーヴが口をへの字に曲げている間に、テイルはヒトカゲを見下ろして首を傾げる。
「まだ他に不満はあるな。なんだ?」
膨れていた顔のヒトカゲが、じろりとハーヴを睨んだ後、そのまま視線を地面に落とす。
『……頼られてるの、ずるい。俺、初めてのポケモン、って言われたのに……』
その言葉に、ハーヴとテイルが同時に納得した顔をする。そして、何かを得意げに話し出そうとするハーヴの口を思いっきり塞ぎつつ、屈んだテイルがヒトカゲの頭を撫でる。
「アイツは色々あって、今までポケモンとまともに接したことが無いんだ。こいつは、ポケモンじゃ無くて喋るぬいぐるみ程度の認識だろう。逆を言えば、お前がアイツにとって”初めてのポケモン”になる。だから、距離感が掴めてなくて戸惑ってるだけだ」
『俺、怖がられてない、のか?』
「大丈夫だ。先に何年もトレーナーをしてる、俺が保証する」
もう一度、わしゃわしゃとヒトカゲの頭を撫でるテイルに、ヒトカゲが元気よく声を上げるのだった。

一方その頃、セイナはマッスグマのグマと共に木の実を拾い集めている内に、大きな湖の近くまでやってきていた。
今までは本の中でしか見たことの無い景色に思わず息を吞み、ついぞ、テイルやハーヴを呼ぼうと後ろを振り返るも、自分とマッスグマだけであったことを思い出し、小さく溜息をつく。
そのまま湖面近くに腰を下ろし、側にやってきたマッスグマに手をかざすも、結局手を引っ込めてもう一度溜息をつく。
「貴方と最後にあったのは、多分、”裏山の時”以来、だよね?」
見下ろされたマッスグマはこくこくと頷くも、セイナの持つ空のボールを指し示す。
「そっか。テイルの手持ちだから、何時もボールの中から見てたんだっけ。……ごめんなさい、家の中ではボールから出られなくて」
その言葉にマッスグマが困った顔になるが、気にせずに彼女は呟く。
「ポケモンを家の中で出さなかったのって、きっと、テイルが知ってて私が知らない、”9年前のこと”だよね?」
ビクッ、とマッスグマが耳と尾を立ち上げた様子に、セイナは破顔する。
「うん、貴方も知ってるんだ、やっぱり。……私は何時もの通り、蚊帳の外、か」
ぐんっと身体を伸ばしつつも、草むらに寝転がりそうになる身体を起こして、彼女は思考を巡らせる。
「でも、それなら何で旅なんて勧めたのか、ってことかな。ハーヴに言われたからだけで、テイルが勧めるとは思えないけど……もしかして、そろそろ家を出ろ、とか?」
どこか皮肉った笑みを浮かべる少女に、マッスグマが更に困った表情になったところで、ふと、草むらが揺れ動く。
次の瞬間、草むらからウツボットが踊りかかってくる。マッスグマがセイナを護るよう切り裂き飛ばすも、伸ばした触手でマッスグマを拘束し、離れた地面に叩き付ける。思った以上にダメージの深いマッスグマに近寄り、抱えて逃げようとするも、逃げ道を塞ぐように立ち塞がるウツボットに迫られてしまう。
飛んできた「つるのムチ」からマッスグマを庇うために覆い被さった次の瞬間、目の前で大きな火の手があがったかと思うと、素早く駆け込んできたヒトカゲが、セイナ達を庇うように立ちはだかる。
「ヒトカゲ?」
「セイナ、ウツボットとバトルしろ!」
声がした方向に顔を向けると、ハーヴとテイルが走り寄ってくるところだった。
抱きしめていたマッスグマを手渡しつつ、ウツボットに敵意をむき出しにしているヒトカゲから、冷静なテイルへ困惑した瞳を向けると、彼はこくりと頷いた。
「お前が手持ちを信じろ。そうすれば、必ずポケモン達は応えてくれる!」
背中を押してくれる人の言葉に深呼吸し、セイナはヒトカゲを見下ろす。
「……ヒトカゲ、いける?」
息を吞みつつ怖々と尋ねれば、元気よく鳴き声で応えたパートナーを信じ、セイナはウツボットとのバトルに乗り出す。
その後、セイナ自身の指示だけで動いたヒトカゲの活躍によりウツボットを瀕死にまで追い込む。
しかし、そのままゲットしようと当てたボールは反応せず、弾き飛ばされてしまう。それを見たテイルは、ウツボットがトレーナー付きのポケモンであると理解。ウツボットが動けないように縛り上げつつ、とある人物へと連絡をする。
暫くして現れたのは、エメラルドだった。彼はテイルから事情を聞くなり、袖から取り出したボールをウツボットに放り投げる。すると、彼の投げたボールは弾かれること無くウツボットをボールに格納してしまう。驚くセイナの前で、彼は意味ありげな笑みを浮かべる。
「俺はちょーっと特別なボールを持っててね。これ、内緒だぜ? ――それでテイル、近くにトレーナーはいたか?」
「軽く探した限りでは見当たらなかった。後はそっちに任せていいな」
「おう、もちのろんだぜ! しっかしまぁ、何でこんな辺鄙な森の中にわざわざ――……」
少しだけ声のトーンを落としてテイルと話し込み始めたエメラルド達から離れ、セイナはヒトカゲを抱き上げつつ、ハーヴの近くまでやってくる。彼は湖の縁から、中央に浮く小島を見つめていた。
「湖、とっても大きいよね」
やってきたセイナに気付き、ハーヴがどこか得意げな表情で彼女を見上げる。
「あぁ。景色も良く、空気も澄んでいる。本で見るものではなく、自分の肌でしか感じられない経験だ。――誰にも、迷惑をかけていることじゃあないだろう?」
「うん。……――あのね、ハーヴ。私、こうして旅に出れたこと、本当に」
瞬間、何かを感じ取ったハーヴが湖の小島へと顔を向ける。セイナもつられて顔を向けるが、小島がそこに一つぽつんと浮いているだけで、それ以外は特に何も見えない。しかし、問いかけてきたハーヴの声は、どこか緊張感のあるものだった。
「……セイナ。君には、あの島の真ん中に何が見える?」
「? 特に、何も見えないけど」
「そうか」
瞬間、バキンッ、という音が空中に響き渡る。音がした小島へその場の全員が顔を向けるも、やはり、そこには何も見当たらない。
「ハーヴ……?」
「――いや、なんでもない。どうも少し疲れてしまったようだ。先にテントに戻っている」
どこか誤魔化すようにそそくさとその場を離れ、ハーヴはテントに籠ってしまう。少しだけ唇を引き結びつつ、腕の中で大人しくしているヒトカゲを抱きしめ、ぽつりと呟く。
「……いつか、理由を話してくれるかな。ねぇ、”ザード”?」
「クァ……クァ!?」
「あ、うん、名前。……リザードンになったときに、呼びやすい名前がいいかなって、ちょっと考えてたんだけど……気にいった、かな?」
ヒトカゲのままでは終わらせない。それは、これからも共に旅をしていきたい、という彼女の心の現われだ。
元気よく声を上げるヒトカゲのザードに、セイナがほっと息をつき、様子を見ていた先輩トレーナー二人は、表情を緩めて様子を見ているのだった。

テントに戻ったハーヴの脳裏には、小島の中央に木のような頭を生やしたポケモンの姿がぼんやりと見えていたこと、そして、ハーヴがそれを意識した瞬間、そのポケモン全体にヒビが入ったかと思うと、さらさらと砂のように溶けて消えてしまった光景が浮かんでいた。
「あれは……君の知り合いなのか?」
ぼそりと呟いた声は、しかし、誰にも返されること無く、闇の中に沈んでいった。