2:初めての機会(チャンス)というもの

翌朝、テイルのフライゴンの背に乗り、セイナ達はシュコウシティのポケモン協会までやってきた。
協会でサマートライアルの手続きをしたところ、イベント初日ということもあってか、申請受理に1日かかるといわれてしまう。
協会内で周囲をしきりに見渡しているテイルに、何かしら用事があるのだと気付いたセイナは、近くの立て看板に書いてあった「新人トレーナーへの講習」を受けることを告げると、どこか逃げるようにその場を後にし、ハーヴは慌ててその後を追うのだった。

講義終了後、共に講義を聴いていたハーヴは、どこか自信の無さそうなセイナの様子を心配して声をかける。しかし彼女の返事はあまり芳しくない。
「本当に、私はトレーナーになっていいのかなって。テイルに迷惑をかけてまでトレーナーになる必要は……」と後ろ向きの彼女に、ハーヴがあれこれ発破をかけるものの、話はうまく弾まない。
そうこう会話をしている内に、二人は館内で道に迷ってしまう。
途方に暮れたセイナがその場で思わずしゃがみ込んだところで、ふと、近くの扉から杖をついた青年が姿を現す。
「あー……良かったら、お茶でもどうだろうか」
目が合った青年は苦笑してそういうと、二人を部屋へと招き入れる。
システムエンジニアのミトリ、と名乗った彼は、部屋の中で落ち着いてお茶を飲むセイナ達に対して、呟きを盗み聞きしてしまったことを謝りつつ苦笑する。
「僕も昔、旅に出られる年齢になった時に、君と似たような事を言ったもんだ。他人に迷惑をかけてまで旅をするぐらいなら、早く仕事について、家族を養うべきじゃないかってね。そんな時に、僕の恩師が言ったんだよ。『これはね、”機会(チャンス)”と言うんだ。君達子供は、もっと沢山、世界の輝きを知るべきだし、知ることが許されているんだ』ってね」
「許されている?」
「そう。今回のサマートライアルって企画は、”キッカケ”が欲しい子供達に向けたものなんだ。だから君達は、僕たち大人を思いっきり使い倒しなさい。あぁ、もし一人旅が不安と言うなら、経験トレーナー引率の元で、他の子達と一緒に旅をする制度もあるけど」
「あっ、い、一緒に行ってくれる人はいます! ただ、手持ちのポケモンは、まだ何も……」
セイナの様子に、ふむ、と少しだけ考え込む仕草をして、ミトリは柔らかに微笑む。
「そっか。それじゃあ、最後の一押しをしようか」
そう言って、彼は机の上に置かれていたボールと腕輪を手渡す。
「モンスターボールと……腕輪? この形、どこかで……」
「あぁ。腕輪は、地方伝承で語られている腕輪をモチーフにしているんだ。位置情報を発信する参加資格証になっているからなくさないようにね。それから、」
「?」
「……――わっ!!」
「っっ!?」
突然掛けられたおどかし声に思わずボールを放り出すと、衝撃でボールが開き、中から一匹のヒトカゲが姿を現す。
「ひ、ヒトカゲ……?」
周囲を見渡したヒトカゲが、驚くセイナの手元にあるボールに気がついて、足下まで駆け寄ってくる。恐る恐るおっかなびっくり手を差し出すと、ヒトカゲ自身が手のひらに頭を押し当ててくる。こわごわと左右に手を動かせば、火の灯った尾が機嫌良く左右に振れる。
「そのヒトカゲ、初心者用にしては少しレベルが上がりすぎているからって、扱いずらいと返却されてしまったんだ。でも、初対面の君に随分と懐いているようだから、そのまま貰ってくれないかな。君の、”初めてのパートナー”だ」
少々わざとらしくお願いしてくるミトリの言葉に慌てつつも、「無理です」という言葉を飲み込んだセイナは、ヒトカゲに向き直ると、怖々とボールを差し出しつつ問いかける。
「私の、初めてのパートナー……一緒に、来てくれる?」
クァ、と元気よく鳴いて、自分からボールに収まりにいくヒトカゲの様子に、ハーヴは感慨深げに目を細める。
『うーん。新人トレーナーが最初のポケモンを手にする光景は、いつ見ても心躍るなぁ』
「……ところで気になっていたんだけど、それ、機械仕掛けなのかい? それともまさか、喋るポケモン……?」
「こ、この子は、その! 知り合いから貰った、ロトム入りのナビゲーターなんです! 見た目は大分ポケモンらしいですけど、その、み、見たこと無いポケモンですよね!?」
「……――あぁ、確かに。見たことないポケモン、だね」
クレフから受けていた助言で何とかその場を切り抜けたセイナ達は、そのままサマトレ参加に必要な説明を受けた後、協会の入り口まで、杖をついて歩くミトリに案内される。
道すがら、「初心者ポケモンの登録や、腕輪の端末番号とトレーナー番号の紐付けなどはしておくから、明日はカードを受け取るだけで大丈夫だよ」と気軽に言うミトリに、ただのシステムエンジニアではない気がするセイナとハーヴだったが、やぶ蛇になると思い、黙ったまま頷いていた。
そうこうしているうちに入り口に到着したセイナが、自分達に気がついたテイルの元へ駆け寄ると、ミトリは驚いた顔でテイルを見ていた。
「まさか、引率トレーナーがマスターランク保持者だとは思わなかったよ」
「! 貴方は、ライトカラーシステムズ社長の……」
「社長!? ごめんなさい! 社長に案内してもらうなんて……!」
「気にしないで! 確かに僕は社長だけど、どちらかというと、人やポケモンを直に相手にしてるほうがしょうにあっているんだ」
苦笑するミトリに、テイルは軽く頭を提げる。
「有難う御座います。彼女を連れてきて頂いて」
「どういたしまして。こちらこそ……久しぶりに初心者トレーナーと話すことが出来て、随分、懐かしい気持ちになれたよ」
それから彼は少しだけ緊張した面持ちになると、姿勢を正してセイナへ向き直る。
「セイナ君。いよいよ明日から、君にとっての一夏の冒険が始まる。様々な人やポケモンと出会うことは、嬉しいことや楽しいこと、今まで知らないことを沢山知ることが出来る機会(チャンス)だ。
ポケモン捕獲に勤しんでも良い。バトルに明け暮れても良い。ジム巡りをしても良い。でも、強くなることが旅の全てじゃ無い。色々な人やポケモンに出会うためだけに、景色を見るためだけに、街を巡ることだってできる。悲しいことや苦しいことがあったら、少し立ち止まったって良いんだ。でも、どうか歩みだけは進めて欲しい。
『ポッポが飛び立つ風の向くまま、ヤドンが動き出す気の向くままに。歩き続ければ、旅はどこまでも続いていく』、からね」
「それは、『しがない』の……?」
「ん、君ぐらいの子が知っているのは珍しいね。そう、その昔一世を風靡した冒険譚、『しがないシリーズ』の有名なセリフさ。この旅で感じた経験は、必ず、君の成長に繋がるはずだよ。――どうか君達の旅路に、幸多からんことを」
「……はい!」
差し出された手をセイナとテイルがそれぞれ握り返し、満足そうな表情を浮かべて、ミトリはその場から立ち去るのだった。

*****

ミトリが立ち去ったのを確認して、ハーヴは不思議そうにテイルへとたずねる。
『それで、先ほどの青年が経営する『ライトカラーシステムズ』とは、いったいどんな会社なんだ?』
「あぁ。『ライトカラーシステムズ』は、モノクロ地方におけるポケモンの預かりシステムと協会が保有するトレーナー情報を連携するシステムを開発・運営する会社だ。トレーナーなら、ポケモン預かりシステムを使用する際に会社名をよく目にするから、知らない奴はほぼいない会社だ」
「より正確に言うなら、協会によるトレーナーの実態調査システム、だな」
説明を補足する形で声をかけてきた青年は、テイルが呼び出した人物だった。
テイルの用事とは、リユウ博士に面識のある人物に連絡をとることだったという。捕獲屋のエメラルドと名乗った青年に連れられて、一行はリユウ博士の研究所へと向かう。
しかし肝心の博士は、数日前に「サマートライアルに関わるな」という脅迫の手紙を受けて、ほとぼりが冷めるまで、当分は助手を連れて地方を飛び回っているのだという。
「最初の行き先はベニシティ近くのシゲン発電所」という情報を教えて貰ったセイナ達は、次の目的地をベニシティに定める。
そこへ突然、おぼつかない足取りのトレーナーが、凶暴なポケモン達を連れて研究所を襲撃する。
テイルとエメラルドのポケモン達によって取り押さえられたトレーナーは、「生命の宿り木はどこだ」と言って、ポケモン達と共に気を失ってしまう。
意味が分からずに首を傾げるセイナ達の側で、エメラルドは一人、困った表情で肩をすくめていた。

*****

翌日。
腕輪とポケモンを渡した少女が、無事にトレーナーカードを受け取る姿を見下ろしつつ、ミトリはとある人間に電話を掛けていた。電話相手に、”特殊な腕輪とポケモン”を渡した話をしつつ、少女の抱えていた存在が新種らしきポケモンであることも告げる。次の判断をどうするべきかと相談したところで、電話向こうの人間から告げられた内容に、ミトリは目を細め、強く拳を握りしめる。
「ついに、動き出したか」

さらにその頃。
ポケモン協会の一室で、協会四天王アゼルによるジムリーダーの緊急招集が行われた。
話は、リユウ博士に何者かが脅迫状を送っていたこと、博士の研究室に襲撃犯が現れたこと、その襲撃犯と手持ちポケは、出回っている薬(ウツロックス)を摂取していたこと、そして、「生命の宿り木」を探しているという言葉を残したというものだった。
それは、今回のサマートライアルが開かれた理由が、謎の者達の間でも広まっているということを意味していた。
情報はジムリーダーと協会四天王しか知らないことから、ジムリーダー達の中に裏切り者がいる可能性をアゼルが指摘。ジムリーダーの中でも正義感の強い格闘ジムリのカツミが、むしろ協会四天王側で流しているのでは?と互いに険悪な状況になるものの、他の者達の取りなしにより、ひとまずは状況を静観することとになる。
不審な点があれば報告を挙げることで意見を一致させ、会議はそこで解散となる。
煽るような発言をしたアゼルの真意が掴めずにエメラルドは問いかけるが、話をはぐらかされてしまう。
代わりにエメラルドは、彼から協会四天王としての指令として、セイナとテイルを監視する命令を受けるのだった。