ビャクヤタウンに住まうセイナは、夏休み前のスクールからの帰り道で、言葉を喋る不思議なポケモン:ハーヴによって、危ないところを助けられる。
「クチハテの神殿」という場所を探すという目的+自分の正体を知りたがる彼と、保護者として付き添うテイルと共に、彼女は「サマートライアル」という仕組みを使い、ポケモントレーナーとして、モノクロ地方を旅することなった。
旅の最中、手にしていた腕輪が「物語をやり直す」伝承に出てくる「本物のソウセイの腕輪」であることが分かり、成り行きで、各ジムリーダーに認められる試練を受けたり、「生命の宿り木」という木を狙う「白の組織」に所属する者達とのバトルをするなど、旅は想像以上に波乱万丈な物となっていった。
その後、4つ目に訪れたウスハナシティのジムリーダー:ジュウイチロウが、何者かの手によって昏睡状態となってしまい、その場に居合わせたセイナ達は、ポケモン協会員として場を収めに来たエメラルドにより、事情聴取のため、シュコウシティへ戻ることとなったのだった。
【第2部ダイジェスト(あらすじで無くなったため無茶苦茶長いです)】
シュコウシティへと戻る日の朝。
テイルはセイナ達へ、カナリアタウンで双子の兄であるシャドウと出会ったことと、彼から「ウツロ」または「サイハテ」と名乗った存在に気を付けるよう忠告を受けていた話をする。静かに頷きつつも、何かを隠しているような表情の二人に、テイルは今時点では言及しないものの、話せるようになったら理由を教えるようにと釘を刺すのだった。
そうこうして、一行はエメラルドに連れられる形で、シュコウシティへと戻ってくる。
リユウ博士にハーヴを預けたセイナとテイルは、それぞれ協会の一室で聞き取りを受けていた。セイナはすぐに開放されたが、テイルのほうはまだ時間がかかるらしく、セイナは先にリユウ博士の研究室へと向かう。
大学内にある研究室では、検査結果らしきものを興味深く見ているリユウと、疲れ果てて床に転がっているハーヴの姿があった。心配するセイナへ、まだ正体を聞いていないとハーヴが口にすれば、リユウは事も何気に言葉を挟む。
「ハーヴ君の正体なら分かったよ。ついでといってはなんだけど、『生命の宿り木』についても、目算がついたんだよね。ただ……――2点確認していいかな、セイナ君。一つは、君とハーヴ君が出会ったときの様子を。もう一つは、君が生命の宿り木を見つけた時の出来事を、それぞれ簡単に教えてくれるかな?」
ハーヴと出会った時と、生命の宿り木を見つけた時に起きた数々の出来事を聞き終えたリユウは、困った表情で肩をすくめる。
「さて、まずはハーヴ君の正体なんだけど――彼は”イベルタル”と呼ばれるポケモン……の幼体、と“思われる“」
『思われる?』
「まず、イベルタルというのは、非常に謎多き伝説ポケモンでねぇ。詳しい情報が少ない伝説なんだ。それで、かろうじて存在と絵姿が残る地方でも、その生態系がほとんどが謎に包まれている。何を主食とするのか、どういった場所に生息するのか、雌雄はあるのか、繁殖はするのか等々……とはいえ、分かっていることもいくつかあるんだよ。例えば、『イベルタルは死期を悟ると、繭の形になる』とかね」
「あ……」
「そう。まさにセイナ君がハーヴ君を見つけた時の姿だ。ただ、本来イベルタルというポケモンは、全長約6メートルぐらいの大型ポケモンと言われているんだよ。でも、今のハーヴ君のサイズは、せいぜい小型ポケモン程度の大きさだろう? だから私は、とりあえず幼体と思われる、と定義したのさ。見た目についても、イベルタルの絵姿と近しいしね。――とはいえ。例えばハーヴ君が、今から本来の大型サイズになれる、というなら、私の曖昧な定義はさっくり覆されるけど?」
『むむむ……むーん…………とりあえず、大きくなるのは無理そうだな』
「ははは。まぁ大きさについては横におくとして――さて。実はイベルタルの伝承が残る地方には、もう一匹、対となるポケモンが存在するのさ。名を、“ゼルネアス“と言う。このポケモンの分かっている事には、『命を分け与えられること』と、『樹木の姿で1000年眠りにつくということ』があるんだよねぇ。そして、生命の宿り木の調査結果を見直したところ、この”ゼルネアス”と呼ばれるポケモンに近しい生体波長が、データ内に現れているのさ」
『近しい、ということは、生命の宿り木イコール、ゼルネアス、という訳ではないのか?』
「波長の半分はぴったし合うけど、時折、変な乱れが混ざっているんだよねぇ。だから断定はできないのさ」
『なるほど、断定できない理由はいずれも分かった。――ひとつ、尋ねたい。貴方は私が喋った際、それが当然だろう、といった風でさして驚いた様子はなかった。貴方は何故、私が喋れるポケモンだと思ったんだ?』
「あぁ、その理由は単純だよ。私は昔ね、”イベルタル”について、暫く研究したことがあるんだ。だから、最初に貴方を見た時は、見た目からして”イベルタル”かと思ったんだよね。とはいえ、流石に大きさがそこまで小さいとなると、自信が持てなくてさぁ」
『じゃあ貴方があの時誤魔化したのは、確証が取れなかったからか……』
「あの。イベルタル、というポケモンだと、人の言葉を話せると分かるんですか?」
リユウとハーヴが二人して顔を見合わせた後、合点がいったという表情と共に嬉しそうにセイナへ向き直る。
「実は伝説ポケモンというのはね、わりとよく、人間の言葉を喋るんだよ」
「わりとよく!?」
『そうだぞぅ! 彼ら彼女らは、私達人間よりも賢い個体だったり、長生きしている者達も多いからか、戯れに我々人間の言葉を学び、それを話せることができる個体が意外と多いのだ。まぁ、最初はびっくりすることも多々ある訳だが……』
「おや。つまり貴方は、伝説ポケモンだから喋れる、というわけではなく、元人間、ということで?」
『あぁ、そうだとも! 人間の頃は色々な地方を巡っていたからな。厄介な伝説や癖のある伝説には、本当に、ほんっっとうに、手を焼かされたものだ!』
「うーん、身に覚えがあるなぁ。割と傲慢だったり、力を持つゆえに自己中心的だったりで、話は聞かないし好き勝手するし、うん、ロクでもないのが多いね」
二人して、うんうん、と共感するように頷くものの、近くにいる呆れ顔の助手と困惑している少女の様子に、話しが脱線し過ぎたね、と呟いてリユウが咳払いをする。
「さて、話を戻そう。『生命の宿り木』が”ゼルネアス”というポケモンに関連するとしても、疑問が残るんだよ。例えば、生命の宿り木が消失する事象についてだけど……対であるイベルタルに反応するのは自然だろうさね。では――……何故セイナ君と、その手持ちポケモンに反応して、生命の宿り木が消えてしまうのかな?」
目を細めるリユウ博士の言葉に、セイナとハーヴが困惑した表情となる。そんな二人の様子に満足そうな表情を浮かべたリユウ博士は、勢いよくセイナの肩を掴みかかる。
「と、いう訳で……セイナ君、と、君の手持ちポケモン達を早速検査させて貰えないだろうか! あ、親御さんの許可が必要かな。テイル君を待ってもいいんだけど、どちらかといえば、親御さんのほうが良いだろうしね」
その言葉に、セイナの表情が僅かに強張るも、すぐに困ったような表情で首を振る。
「両親はその、いないんです。養父はいるんですけど、お忙しい人なので……その、検査をするだけ、ですよね? 私から後でテイルにも説明しますから、大丈夫です」
「そうかい? んー……一応参考までに聞くけどさ。君の養父、なんの仕事しているんだい?」
「えっと……ポケモン協会の、会長です。クール、という人で……テイルの、お父さんなんです。私はテイルの家に居候してて、だから、なるべく迷惑はかけないようにしたいので……」
苦笑を浮かべるセイナの表情を、ハーヴは注意深く見つめるのだった。
セイナが検査を受けているその頃。
ポケモン協会の取り調べをのらくらとかわしていたテイルは、四天王のアゼルに呼び出されていた。部屋にはアゼルの他にエメラルドがおり、机の上には、テイルとハーヴが会話している写真が写っている。
「テイル、そろそろ白状しとけよ~。じゃないと、こちらの四天王様が容赦しないらしいぜー」
「何のことだ。俺が分かる範囲のことは、エメラルドを経由して知ってるだろう」
「ハーヴと名乗る喋るポケモンを見つけたのが、旧サクラタウンの更地、というのは? これはエメラルドが独自に調べた報告だ。テイル、他にもいくつか隠していることがあるな?」
アゼルの言葉にそっぽを向いて黙り込むテイルに、エメラルドが肩をすくめる。その後もアゼルの挙げる要素をのらくらとかわすテイルに、しびれを切らしたエメラルドが頭を書きつつ言葉を投げ込む。
「あー、破壊の繭と生命の宿り木の『神話』って、お前が巻き込まれたっていう、9年前の”事故”と関係してるとか?」
次の瞬間、マッスグマの鋭い爪先がエメラルドの眼前に迫り、それを防ぐようにエーフィがサイコキネシスとリフレクターを展開する。一触即発と言わんばかりの空気は、しかし、突然伸びあがった影がエメラルドの頭をやや強めに叩くことで霧散する。痛みで頭を抱えてしゃがみ込むエメラルドを無視して、アゼルがため息をつく。
「他人の過去についてとやかく言うのはルール違反だ。すまない、今のはこの阿呆の失言だ。だが……テイル、これだけは確認させて欲しい。お前が言えない理由には、”この地方の存続に関わることが含まれるのか”?」
「それは……――分からない。それだけは、本当だ」
やや俯きがちな姿勢のままに難しい顔をするテイルへ、アゼルはもう一度深いため息と共に肩をすくめる。
「僕は協会四天王だ。お前のためらう理由が、個人的な問題ならば目を瞑れる。が、そうでないと分かった場合は、すぐに僕に言え。別に、悪いようにするつもりはない」
「……あぁ」
「え~~、なんだよなんだよー。発破かけたの俺なのに、仲間外れなのかよ~」
「そもそも貴様はもう少し、他人を考えた発言をしろと――」
ドンッ、という地の底から響くような爆発音と共に、建物が激しく振動。振動が収まると同時位に、部屋の外から遠く複数の悲鳴や破砕音が聞こえてくる。
音を頼りに協会のエントランスに向かった三人が見たのは、意識不明で昏睡していたはずのの四人のジムリーダー、ミヨコ・ヨリカ・ニナ・ジュウイチロウが、虚ろな表情のままに静止しようとしていた協会員達を片っ端から手持ちポケモンでなぎ倒す姿と、そんな彼らを引き連れて満面の笑みを浮かべている、白の組織の幹部シィの姿だった。
協会を強襲しに来たシィだったが、テイルの姿を認めた彼は、ジムリーダー達に協会を襲撃するように指示したかと思うと、手持ちポケモンと共にテイルに襲い掛かる。シィを外へ誘い出すため、テイルはそのまま協会の外へと飛び出ていってしまう。
残されたジムリーダー達は、アゼルとエメラルドに対しても意思を感じさせない虚ろな表情のまま、臨戦態勢を崩す気配はない。
「うっわぁ~! ジムリ4人に俺達2人とか、明らかに不利じゃね?」
「怖じ気づいて尻尾を巻いて帰るなら止めはしない。が、その前に僕がお前を倒すから、4対1だな」
「味方消してどーすんだよ! ったく……へーへー、わーりぃましたよ。――アゼル、許可!」
「全く、最初からやる気を出せといってるんだ、馬鹿者。
『協会四天王アゼルの名で、スナッチの緊急使用を許可する!』
略式だ。後で始末書は用意しておけ」
「っし! 始末書はさておき、やるぞ、フィーン!」
「ルシフ、撹乱するぞ!」
フィーンと呼ばれたエーフィが額の宝石を輝かせ、ルシフと呼ばれたムウマが威勢よく声を上げ、ジムリーダーのポケモン達との戦いが始まった。
一方その頃。一通りの検査を終えたセイナ達の元へ、突然、研究所に急襲をかけたイナリが姿を現す。
リユウ博士に用事があるといった彼女が取り出した携帯端末には、白衣を着た老人が映っていた。その姿に、普段よりも少しだけ嬉しそうに口元を歪め、リユウ博士が小首をかしげる。
「大変お久しぶりですね、マカリファ先生。貴方に破門された失格弟子の私に、なにかご用事でしょうか?」
その言葉に、マカリファ、と呼ばれた老人は苦々しい表情を浮かべる。
『「サマートライアルに関わるな」と忠告したはずだぞ、リユウ。なぜ、貴様が関わっているのだ!』
「おや、可笑しなことをおっしゃる。私はサマートライアルには全く、これっぽっちも携わっていませんよ。ただ――サマートライアルの開始に合わせて活性化しだした”生命の宿り木”を調査し、発生予測地点を探し回っているくらいですが?」
『っ……貴様の無駄に回転の速い頭なら、私の警告の意味が分かっただろうが! 実際、白の組織の下っ端どもと遭遇し、そこそこな目を見ているはずだ。いいか、”生命の宿り木”にはこれ以上関わるな。お前はもう、”まともな”ポケモン博士なんだぞ!?』
「えぇ、重々承知しておりますよ、先生。ですので――……次は、貴方の元へ足を運ぶ算段が付いたときに、詳しくお話させていただければと」
『リーユーウ!! お前という奴は!!!! いいか!? お前がどれだけ阿呆かは学生の時分から理解しているが、もう立派なポケモン博士なんだぞ!? 少しはマシな思考を――』
その言葉を最後まで聞く気もないと言わんばかりに、すたすたと近づいたリユウが、携帯端末の切断ボタンを押下する。ぷつん、と音を立てて切れた携帯端末を見つめてから、イナリはリユウへ半眼を向ける。
「……いいのか?」
「私としては第一目標クリアだからねぇ~。それに、これ以上関わる意思をみせたら、君、私のことを亡き者にでもするつもりだろう?」
「亡き者、とまでするつもりはねぇが、”白の組織”の幹部としては、まぁ、黙って見過ごすどおりがねぇからなぁ。っと、別に今やりあうつもりはねぇよ。マカリファセンセーからは、仕掛けてこない場合は手出しするな、って釘さされてるんでね」
手持ちのデンリュウを待機させつつ、鋭い視線で臨戦態勢を整えるワカナに、イナリは両腕を上げてひらひらと手を振る。そして、目の前の事態が分からないなりに緊張した面持ちのセイナへと目を向け、
「が、テメェは別だ。俺の知り合いがテメェに用事があるんだと。――ワリィけど、大人しくついてきて貰おうか」
「……分かりました」
「やけに素直じゃねぇか」
「私がここで逃げてバトルになったら、研究所が荒れて、博士の迷惑になるので」
「ふぅん、お行儀のいいこった。……まぁ、その方が助かるけどよ」
最後の呟きに違和感を覚えるも、これ以上問うべきではないと考えたセイナは、ハーヴと手持ちを連れ、大人しくイナリと共に研究所の廊下を歩きだす。
「テメェに用事があるのは、シィ、ってガキだ。カナリアタウンでの件で、再戦したいんだとよ」
「それは構いませんけど……あの、助かる、って?」
「あー…………そのまんまの意味だ。あそこでテメェが逃げたら、想像通り無理やりにでも連れてくつもりだった。ただ、マカリファセンセーからは、研究所内で暴れるなってきっつく言われてんだよ。だからまぁ……約束破らねぇにこしたことねぇだろ。――それにしてもシィの野郎。今はウツロの野郎の命令で協会を襲撃してるとはいえ、終わったら自分で探せばいいのに」
「協会を襲撃!?」
「組織の計画の一環だかで、ポケモン協会を襲撃することになっててな。んだよ、なんか知り合いでも……あー……もしかして、あのマスターの野郎か?」
肩を強張らせるセイナの様子に、イナリは合点がいったとばかりに肩をすくめる。
「ハッ! アイツがいるなら、むしろ計画のほうが失敗してらぁ。ま、ウツロの野郎の計画は気に喰わねぇから、俺は別にどうでもいい……んーー?」
ふと、先頭を行くイナリが小さくぼやきを上げると、腕を組みながら黙り込む。そうこうする内に研究所の外へ出てきたところで、突然イナリは立ち止まってセイナの方へ振り返るなり、真剣な顔で首を横に振る。
「やっぱお前、研究所の中へ戻れ。シィの方は、俺が何とかする」
「え?」
「よく考えりゃ、協会を襲撃している状態でテメェを呼び出すのはオカシな話なんだよ。しかも、あのマスターの野郎はテメェの保護者様なんだろ? なら、」
『戻るのは良いんだが一ついいかな? そもそも君、テイルが彼女と関わりあると、一体どこで知ったんだい?』
「どこってそりゃあ……――あ? なんだこの羽音……」
不意に、声に重なるような形で遠くから複数の羽音が聞こえだす。音が段々と大きくなるにつれ、少し離れた空に、複数のテッカニンを引きつれたバタフリー群が見えてくる。
「ありゃあ、シィのバタフリーじゃねぇか。アイツ、こっちを探しに来たのか?」
ふと、イナリに気が付いたらしいバタフリーが、そのまま高度を落としてイナリへと近づく。そして――彼らの上空にやってきたバタフリーが散布した眠り粉によって、二人と一匹はその場に倒れこんでしまうのだった。
協会から離れる形でシィの手持ちをいなしていたテイルだったが、前回よりも攻撃の手数が薄く、防戦寄りの戦いをしかけてくるシィの様子を内心でいぶかしむ。
どこかに誘いこまれているのか、または、協会から離すことそのものが目的の罠なのか。周囲に気を配りながら戦闘に集中していた矢先、上空から急降下してきたテッカニンの「いやなおと」の攻撃と共にとっしんを受けて吹き飛ばされる。
なんとか立て直しつつ手持ちへの指示を出そうとしたテイルだったが、いつのまにかシィの横には、気絶しているセイナを抱えているバタフリーの姿があり、思わず固まってしまう。
「やーっと顔色が変わったねぇ、マスターのやつ! ――手持ち、ボールに戻してもらえるよねぇ?」
指示に従って手持ちをボールに戻した瞬間、シィの虫ポケモン達が一斉に襲い掛かってくる。ポケモン達の攻撃を受けて吹き飛ばされる姿に、シィが満面の笑みを浮かべる。
「アハハハ!! ざまぁないねぇ、マスターの! こんっなお荷物ひとつで、簡単にやられちゃうなんてさぁ! ほらほらぁ、別に逃げ出してもいいんだよ? 逃げるつもりがないならぁ……もっともっと、いたぶってもいいよ、なぁっ!!」
ウツロックスの接種と共にスピアーと一体化したシィは、そのままメガスピアーへとメガシンカし、更なる猛攻をしかける。
なすすべなく攻撃を受けていたテイルだが、吹き飛ばされた勢いを利用してバタフリーの背後を取ると共に、ボールから再度出現させたマッスグマが、バタフリーを吹き飛ばすような一撃をみまい、セイナから引き剥がす。なんとか無事になったセイナの元へ走り寄ろうとするも、体力の限界でテイルはその場に崩れ落ちてしまう。
メガスピアーと同化した怒り狂うシィの迫り声を聴きながら、次に来るであろう衝撃に諦めた表情を浮かべて――ドスッ、という音はしたのに、衝撃は無く。
薄れた意識の中で開いた眼に映ったのは。
気絶していたはずが、意識を取り戻して、自分を護るように立ちはだかって――メガスピアーの刃を腹部に受けて、その場に崩れ落ちた少女の姿だった。
思わず伸ばした指先は、彼女に届くことなくすり抜けてしまう。
あぁ。その姿は。9年前と変わらず。
きっと彼女は咄嗟の勢いで。
それが最善だと思ったことをしてしまっただけで。
そうならないようにと、自分は努めていたけれど。
でも。
――自分はまた、同じ”あやまち”をしたのだと。
喉から突き上げた慟哭と共に、彼は、現実を認めるのだった。
ある時、師は言った。
『貴方は随分と、自分の感情をコントロールできていると思うわぁ。他の人達だったら動揺しそうな場面でも、その時の最善を真っ先にとれるようになったものぉ。でも、ね』
カチャ、と。カップとソーサーのぶつかる音が、静かな部屋に響き渡る。
こくり、と喉を鳴らして、師は濡れた唇に白い布を宛がう。
入口近くに転がる侵入者とそのポケモン達などの存在に見向きもせず、師は優雅に茶をたしなみながら嗤った。
『その時が来たら貴方はきっと、自分のコントロールができないわねぇ。だって――貴方の眼にはいつも必ず、”彼女”がいるんだものぉ』
その時は、言葉の意味が分からなかった。
どうすれば自分の心を制御できるかという修行をさんざ行って。
“彼女”を絶対に護れるだけの立場の強さを手に入れて。
だというのに、それが全く無駄だという言葉の意味を、自分は理解しきれなかった。
あれは。
――それら全てが”おごり”だと、師は、指摘したのだ。
バタフリーの眠り粉で気絶していたハーヴとイナリだったが、開閉スイッチの故障でボール外に出られないセイナのポケモン達の奮闘で何とか起き上がると、ハーヴはイナリに抱きかかえられつつ、市街地の中心にあるポケモン協会へと向かっていた。
『セイナがさらわれたのは、十中八九、テイルへの人質だろう! 君の仲間、ポケモンバトルに人質を用意するなぞ、あまりにも常識を逸脱していないか!?』
「俺が知るかよ! あーくそっ! あのマスターの野郎がピンク髪の保護者だって話、聞かなきゃよかった!」
『そう、それだ! さっきも尋ねようと思ったが、君は一体、誰からその話を聞いたんだ?』
「……シンヨウっていう男だよ。うちの組織と里に出入りしてる奴だ」
「シンヨウ!?」
「あ? 知ってんのか?」
「え……――いや、知ってるのか、私は……?」
「いや、俺が知るかよ……。そもそも、シンヨウが砂漠での話を聞きたいっつーから話したら、マスターの野郎が傍にいないって首捻ったんだよ。その時に、ピンク髪の引率だって知ったんだ。んで、マスターの野郎と戦いたいってうっさいシィにその話をしたら、アイツ、先にピンク髪の奴と戦いたいとか言い出して……ってか、まさか、人質のために俺に連れてくるよう依頼したとか、普通は思わねぇって!」
聞き覚えのある名前にハーヴが首を傾げている間にも、イナリの足は止まることなく市街地を突き進んでいく。
街の四方八方では、白の組織の人間と思しき者達と目が虚ろな人間達が、協会員のポケモントレーナーと戦っている姿がいくつもあった。そんな彼らの戦いに巻き込まれないように道を進んでいくと、一際激しいバトルの音が聞こえてくる。
そして、音を頼りに向かった一人と一匹の視線の先では、起き上がったセイナが僅かに走り出して、動けないテイルを庇うような形でメガスピアーの攻撃を受け、その場に崩れ落ちていったところであった。
「っ、あの馬鹿!」
悪態と共に走り出そうとしたイナリだったが、突然ピタリと、彼女がその場に立ち止まってしまう。
『どうし』
(逃げろ。俺がこうなった”要因”が、目を覚ますぞ)
精神の奥底から響く警告に、ハーヴが再び視線を前に戻す。
視線の先には、気絶しているセイナをいつのまにか抱きかかえているテイルの姿がある。
そして――周囲一帯が炎に包まれた。
肌の泡立つような怖気と共に、目の前で巨大な殺気が膨れ上がる。
本来なら、勢いそのままに再攻撃をするべきだと頭では理解しているが、目の前の気配に気圧された身体は、どうしても思うように動かない。
その一瞬のスキをついて少女との間に割り込んできたマッスグマの攻撃をかわしつつ、メガスピアーと一体化したシィは上空へと逃げる。上空で体制を立て直しつつ見下ろせば、殺気の主は、先ほど傷を与えた少女を抱きしめていた。
メガスピアーの猛毒は、人間に対しても有効な毒だ。ましてや、彼女の場合は明確に傷を負っている。本来ならばすぐに応急処置、或いはこの場から逃げ出して、然るべき場所で治療が必要だ。
しかし、彼は身動きする気配がない。その理由に首を傾げた瞬間――彼を中心に、地面が赤く染まった。
驚きと共によく目を凝らせば、周囲一帯が火の海となっている。
(何かのフィールド技? でも、これほどの広範囲を火の海にする技なんて聞いたことが無い……!)
隠していた手持ちポケモンの効果を疑いつつ、再度、青年の姿に目を凝らすが、傍にはなんのポケモンも控えていない。マッスグマですら、炎の壁によって彼に近づけずにたじろいでいる。
マスターの青年は焦ることもなく、炎に囲まれた場所で少女を横たわらせていた。
焦る気配はない。しかし、纏う殺気は先ほどとは全く”質”が違う。
違和感が膨れ上がるも、怪我を負った荷物がいる状況では、依然として有利性はシィの方が上としか思えない。
(あの炎の中なら、守れると思っている? それなら今度こそ、致命傷を与えてあげるよ!)
高速移動で一気に距離を縮めたメガスピアーは、勢いのままに少女の横たわる炎の庭へ突撃し――ガッ、と掴まれたのは、メガスピアーの触覚だ。人間とは思えないほど大きく膨れ上がった、鋭い爪の生えた獣の手が、二本の触覚を無造作につかんでいる。そして、太い腕の向こう側に、深紅に染まった獣の瞳と視線が重なる。
「お前か」
攻撃を阻害した存在が、憎悪をはらんだ声と共に目を見開いた瞬間、シィの視界を炎が埋め尽くした。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!!」
メガスピアーの受けたダメージのフィードバックによって、元の身体へと意識が戻ったシィだったが、その痛みは変わらず、彼の身体を焼き焦がしていた。
「なんで!? どうして!! 僕は、今は人間でぇっ!?」
再び身体が炎に覆われ、視界が全て紅蓮色に染まる。
あらん限りの悲鳴は、噴出した業火の音にかき消されていた。激しい熱さにもがき、地面を打ち転がっても炎は消えない。外側だけでなく、”内側”をごうごう焼き尽くさんとするその痛みは、今まで経験したことのない激しい衝撃だった。やがてシィの意識が、内を燃やす業火によってふつりと消えかけた瞬間、誰かがシィの身体を抱きとめる。
「シィ! 逃げるぞ!」
馴染のある女性の声に、”数年ぶりの”安堵を感じつつ、シィの意識は闇へと落下した。
炎に包まれたというのに、”何故か”黒焦げではないシィを抱きかかえるイナリへ、雄たけびと共にテイルが獣の腕を振るう。炎をまとった斬撃は、しかし、イナリのゴウカザルが間一髪で叩き落す。その隙をついてシィの手持ちを回収したイナリは、ゴウカザルに抱えられる形で素早くその場から離脱してしまう。
後に残ったのは、炎の中で横たわるセイナと――その傍で、イナリと共にやってきたハーヴが、横たわる彼女の状態を慌てて確認していた。
『き、傷はないな!? よかった……さっきの攻撃は、身代わりぬいぐるみが代わりにダメージを請け負ったとかか……? いや、ここで考察する時間はないな。と、とりあえずテイル! セイナは大丈夫だ。だから、』
言葉を遮るようにして飛んできた火の玉を、滑り込んできたマッスグマの鋭い爪先がいなす。
『マスター! しっかりしてください! セイナさんは無事です、っ!』
青年の咆哮と共に、地面のあちこちから炎の柱が噴きあがる。哄笑を上げ、獣の両腕で周囲の建物をなぎ倒すと、彼の声に呼応するように、周囲の地面を埋め尽くす炎がじわりと範囲を広げていく。彼が声を上げるたび、その身体は膨れ上がり、獣の姿へと近づいていく。
徐々に人の姿を留めなくなっている主人と対峙したまま、振り返らずにマッスグマが声を荒げた。
『彼女を連れて逃げてください!』
『ま、待ってくれ! 彼は一体、どうしたというんだ!?』
『暴走しているんです! “9年前”の時よりも、継続している時間が長いなんて……!』
『逃げろとは言うが、か、彼をこのまま放っておいて、大丈夫なのか!?』
(あのままなら、獣の衝動に飲まれる。最悪、元の人間には戻れなくなるだろうな)
淡々とした心の奥からの呟きに、ハーヴは目を見開く。
『なんとかならないのか!?』
(俺ならアイツを無効化できる。だが、俺が表層化すれば、魂だけの今のお前は消える可能性がある。それでも)
『構わない! “彼ら”を助けてくれ、”ハイブリッド”!』
バサリ、と。
ハーヴの広げた翼が彼自身を包んだかと思うと、その姿が、繭のような形態へと変化する。
次の瞬間、繭を中心とする形で周囲に強風が発生。地面を覆いつくしていた火はことごとく沈下し、周囲の草木が、まるで”生気を吸い取られたかのように”枯れていく。周囲にある自然の命が枯れていく様子に反比例する形で、繭の上をひび割れが走り、隙間から零れでる黒い輝きが力強さを増し――バキンッ、という破砕音と共に、繭からあふれ出した黒い輝きが周囲を埋め尽くす。
そして、光が収束した中心地には、巨大な猛禽が鎮座していた。黒く巨大なかぎ爪の生えた二対の赤い翼に、同じ形状をした太い尾が、残骸になった建造物を踏み潰すと、それらは一瞬にして砂と化す。首根には黒い靄の様なまとわりついており、黒い角を生やした顔にある翡翠色の鋭い瞳が、眼下に見える獣を睥睨する。
『久しいな、炎の子供。――あぁ、この姿では分からないか』
突然のことに獣の目を細めるテイルの前で、巨大なポケモンは皮肉気に口元を緩める。
瞬間、目の前にいた巨大獣が黒い光に包まれたかと思うと、その光はみるみる小さくなっていく。
そうして、黒い光が人型へと収束したところには、黒を基調とした服装の男が立っていた。頭の二対の角を隠すことなく、暗い赤色の髪の向こうから翡翠色の瞳を細める男に、テイルが目を見開く。その様子に満足げな笑みを浮かべた男は、堂々と宣言する。
『そうだ。9年前の、”お前達の仇”だ』
勢いに任せるような形で殴りかかってきたテイルの攻撃を避けた男は、地面に転がった彼の背中を乱暴に踏みつけ、その頭を鷲掴む。瞬間、男の腕が脈動し、それに合わせて、獣化していたテイルの身体が人の姿へと戻っていく。何とか最後の力を振り絞ろうとしてか、無意識に、テイルは力を込めて起き上がろうとして、
「ている?」
その声に、僅かに開いた少女の瞳に――バケモノの姿をした、自分が見えた。
「ぁ」
怯え引きつった声が、青年の喉奥から零れる。
そして、セイナが再び気絶するのと、人の姿へ戻ったテイルが意識を失うのは、ほぼ同時だった。
気絶した二人の人間を見下ろして――ハイブリッドと呼ばれた男はため息をこぼすと、自身の内側へと声をかける。
『ランドウ。とりあえず事態は……あぁ、全く。お前、約束を守ると言っただろうが』
ぐしゃり、と。自身の心臓部らしき所に手を突っ込んだハイブリッドは、そこから黒い小さな繭を引き出す。外に出てきた繭はするりとほどけたかと思うと、中から幼い姿のイベルタルが姿を現す。
『俺は少し、目的ができた。お前がまだ、俺との約束を守るつもりなら――最後の鍵が揃うまでの間、自由にさせて貰うぞ』
同じく意識のない小さなイベルタルを人間達の傍に置くと、彼は唇を緩めて呟いた。
瞼の隙間から差し込む光を感じて、セイナはゆっくりとベッドから上半身を起き上がらせる。近くの机の上には、疲れて眠る手持ちポケモン達の収まったボールと、籠の中ですぐには目を覚ましそうにない顔で眠っているハーヴの姿があった。窓から差し込む陽光と風は心地よく、遠くからは、建造物を修理しているらしき建造の音が聞こえる。部屋の中には自分以外に人は無く、どこかの個室にいることを理解する。
病衣を身にまとっている自分の姿を見下ろしてから、倒れる前のことを思い出し、そっと衣服をめくりあげる。
傷がついたのではと思った腹部には傷跡が全く無く、まるで最初から、”何も無かった”ほどだ。
(でも……あの時の痛みは、ちゃんと覚えてる……)
少なくとも、自分が気絶してから誰かが自分達を見つけたのだろう。そして、自分が庇った彼は大丈夫だったのだろうか。
安全な場所らしいことを理解した瞬間、今度は不安が押し寄せてきた。
携帯端末をリユウ博士のところに置いてきてしまっていたため、自分から彼を探しに行く必要があった。もう一度周囲を見渡し、危険が無いことを確認したセイナは、ゆっくりとした足取りで病室を後にする。
周囲から聞こえてくる会話を総合すると、この場所はシュコウシティにある大きな病院であり、少なくとも気絶してから丸一日は眠っていたこと、白の組織の襲撃によってポケモン協会が半壊し、さらに、突然暴れだしたトレーナーとそのポケモン達の暴走も相まって、シュコウシティの市街地が壊滅的な打撃を受けたこと、復興にはそれなりの時間がかかるとのことだった。
そうして各病室を歩き回っている内に、ふと、聞きなれた話し声が聞こえてくる。音を頼りに見つけた病室では、廊下に背を向ける形で椅子に腰かけているエメラルドと、ベッドの上で上半身を起こして会話しているテイルの姿があった。
「テイル!」
心配のあまりに思わず声をかけたセイナは、部屋の中へ足を踏み入れようとして――セイナへ振り返ったエメラルドは、酷く苦い顔をしていた。そして、
「――……お前は、誰だ?」
病衣姿のテイルが、いぶかしげな声と共に目を細める。
どこか敵意すらある突き放した声に、セイナは――……うっすらと、目をすがめて微笑んだ。
ごめんなさい。部屋を、間違えました。
その言葉を何とか喉奥からひねり出したセイナは、頭を僅かに下げると、そのまま急ぎ足で病室へと戻るなり、枕へ顔を埋める。そのまま何も考えたくなくて目を閉じていると、暫くして、扉をノックする音と共に、エメラルドの入室を求める声が続く。
どうぞ、と力なく呟けば、入室の掛け声と共に扉を開く音が聞こえてくる。のそりと、扉の方へ顔を向ければ、手近なパイプ椅子に座るところだったエメラルドと視線が合う。
「ごめんね、セイナちゃん。君が寝ている間にテイルの方が目が覚めたらしくて、事情を確認してたら……アイツ、人間関係の部分だけがまるっきり記憶喪失になってた。日常的な常識は覚えているみたいだから、普通の生活にはそこまで支障ないみたいだけど。あー……先に、君が起きるのを待ったほうが良かったかもなぁ」
「いえ……こちらこそ、ごめんなさい。話し中に声をかけて……」
「いいよいいよ。色々あった後で無事なテイルの姿を見たら、心配しない方が無理あるって。それで……――そうだねぇ。まずは今の状況について、少し話をしようか。君やテイルの手持ちポケモン達から大まかな事情は聴いているけど、それでも、君しか知らないこともあるだろうし」
「ポケモン達から、事情を聴いている……?」
「あぁ。俺はテイルやアゼルみたいなポケ人じゃないじゃないから、コイツ便りだけどね」
そういって放ったボールから姿を現したのは、一匹のエーフィだった。そして、エーフィの額と瞳が一瞬だけ光りを見せ、
『まいど、ワイはエーフィのフィーン。こないしてポケモンと会話するのは、そこの籠の中でグースカ寝とる鳥との喋りで慣れとるかいな?』
「あー、コイツの喋り方は気にしないでくれ。昔っから、癖が強い口調でね……まぁとかく。俺はコイツのテレパシーで、ポケモン達の言葉を変換して聞いているんだよ」
『この喋りの方が、ちっこい頃の主人にはそらもう馬鹿ウケだったんやで。ほんま、時の流れは残酷やわぁ~』
「お前なぁ! 初めての人間に会うたびにそれネタにしてっけど、俺の幼少期の記憶にんなもんねーからな!」
ふと、セイナが目を丸くしたまま固まっていた。思ったものとは違う反応に、エメラルドは首をかしげる。
「ん? もしかしてエーフィがそんな芸当できるのか、ってこと? まぁこいつは少し特殊でなー。普通のエーフィじゃあできないとは思うけど」
「あの……ポケ人って、なんですか?」
「『え』」
その言葉に、エメラルドとエーフィが固まる。そして互いに顔を見合わせた一匹と一人は、恐る恐るといった調子でセイナに問う。
「ええと、セイナちゃん。もしかしなくてもその、テイルの奴もシャドウさんもクール協会長も…………君には、何も……?」
少しだけ俯き気味に、こくり、と頷く姿に、エメラルドは絶句と共に天井を仰いだ。
『あーあ、クリティカルに失言やなぁ、エメラルド。これはアゼルはんから、まーた始末書書くように言われるんとちゃいまっか?』
「だってさーあー! あの三人なら誰か一人くらい、一緒に生活する上で説明でもなんでも――」
「あの! わ、私は、あくまでも居候で! 三人とも、協会のお仕事で忙しくて、話せない事が多くて、だから……私には、知る権利がないお話だったかもしれなくて……!」
弾かれたように顔を上げて叫ぶセイナが、ベッドのシーツをきつく握りしめている。その様子に、エメラルドは僅かに目を細めて頭を下げた。
「……――今のは俺の失言だ。ごめんね。でも、今の君は知っておいたほうがいい。それは、知る権利とかそういう問題じゃあない。――事態に巻き込まれた当事者として、だ」
その言葉に、セイナが顔を下げると共に僅かに首を縦に振る。
「それじゃあまず……ポケ人、というのは、何らかのポケモンの血を引く人間達の総称なんだ。これはこのモノクロ地方独自の呼び名でね。――モノクロ地方は、他の地方よりも、ポケモンの血を引く人間が一定数いるんだよ。彼らの見た目は、俺達普通の人間と変わりない。普通の親から生まれても、兄は人間、弟はポケ人、なんてこともよくあるらしい。ただし普通の人間とは違って、彼らは種族に関係なくポケモン達の言葉が分かり、会話ができる。
そして、そのポケ人の中でも更に一定数。先祖返りとか何らかの要因でポケモンとしての血が濃いポケ人は、時折、ポケモンの本能が表に出てきた行動――つまり、”暴走”を引き起こすことがある」
その言葉に、セイナの脳裏には、最後に倒れる直前のテイルの姿を思い出した。
人間というには大きく膨れていた獣の腕が、僅かに人ではない瞳が、自分の姿を見て大きく見開かれていたあの表情が脳裏をよぎり――綺麗になくなっているはずの傷跡が、ズキリ、と痛みを覚え、無意識のうちに腹部を押さえる。
「今回のテイルの事態は、まさにそれだ。アイツ、4年前の事故以降は定期的に抑制剤を飲んでるのに、最近は調子が良いからって飲んでなかったらしいんだよ」
「4年、前?」
「あぁ。4年前の事故で、ちょっとね。山に入ってポケモンと戦いすぎてぶっ倒れるとか、アイツも無茶がすぎるというかな~」
その言葉に、かたかたとセイナの身体が震えだし、エメラルドが慌てて言葉を止める。
「え、なんか地雷踏んだ!? 大丈夫!?」
「だ……大丈夫、です……。――続けて、ください」
「……分かった。ともかく、今回テイルは暴走した。状況から考えて、君が彼を庇ったことによる感情の高ぶりが原因だろうね。暴走ってのは、感情の高ぶりが一番影響するらしいんだとさ。そして、君の身体に傷がないのは、アイツの力だよ。
――エンテイのポケ人、テイル。エンテイの炎は、生命エネルギーに満ち溢れ、命の炎は生物のどんな傷でも癒す。そして、敵対者に対しては全てを焼き尽くす業火を与える。君の傷は、アイツの力で癒えたんだ。一方で、敵対していたシィって奴はご愁傷様だな。アイツの炎をもろに受けたなら、多分、精神のほうが死んでるだろうからね。エンテイの炎ってのは、身体を焼き焦がすだけじゃない。”生命エネルギーを直接焼き焦がす”ことができる。それくらいヤバい代物なんだよ、あれは。はー、やれやれ……全くデタラメがすぎる。流石、伝説ポケモン様の力って感じかねぇ~」
大仰に肩をすくめるエメラルドから視線を外し、セイナはぼんやりと両手を見つめる。
「……私が、」
「テイルが記憶喪失になったのは、どうしてかは分からない。ただ、これだけは言える。――君の行動は、正しくなくて、そして、正しかった。君自身、力が無いのに飛び出して怪我を負ったことで、アイツは精神的不安定から暴走した。でも、君が庇わなければ、アイツはもっと決定的な致命傷を負ったかもしれない。……まぁ暴走については本人の精神耐性力のなさだけど……でも、君はもっと、自分の力の”なさ”を考えた行動をするべきだ。そこだけはちゃんと、反省した方が良いと思うぜ」
その言葉に、セイナが開こうとした唇を強く噛み締めて――ぴりりりっ、と。
突然、エメラルドの携帯端末の着信音が鳴り響く。表示されている発信者名にエメラルドがあからさまに苦い顔をするものの、鳴りやまない着信音に根負けしたらしい彼は、渋々と言った調子で電話に出る。
「あーはいはいアゼルさーん? 俺は今病院で色々と話を聞いて……――は!? いやいや待て待て!! 今そんなことになってんのか!? ってか、こっちだってヤバヤバなんだっつーの! それが、テイルの奴がどうも記憶喪失でさ――」
そのままエメラルドが電話のために部屋を出て行った直後、テーブルの上にあるボールからリザードとサボネアが飛び出してくる。サボネアはすぐさま心配そうな様子でセイナの傍に近寄って踊りだし、リザードのほうは眠っているハーヴに自身の尻尾の炎を押し当てる。そして、熱さに驚いたハーヴが勢いよく飛び起きた。
『あっっつぅぅ!? いやいやまてまてハイブリッド! 確かに何とかしてほしいと言ったが、私は別に焼き鳥になり――ハイブリッド……?』
「ハーヴ?」
『……――お…………おぉ、セイナ! 無事だったのだな、いやはやよかったよかった! いやまぁ、私も気絶してしまっててあまり役に立てなかったが、ひとまず何ともなさそうでよかった、うんうん! ……ん? ところでテイルは、』
「どうしよう」
『え?』
「テイルがね、記憶喪失になったの。私が庇ったから…………”私みたい”に、なって……」
『セイナ?』
「9年前の時も、迷惑をかけたのに……それに、4年前も。私が、ちゃんと”イイ子”でいなかったから……私が、何も考えずに飛び出したから……」
『セイナ。君は、』
「テイルに、『お前は誰だ?』って聞かれたときにね、私……”よかった”って……ほっと、したんだ。…………ヒドイ、よね? 悲しいとか、心配とかじゃなくて…………わた、私……忘れられて、よかっ、た、って……!!」
限界だった。
頭を下げ、震える両手で口元を覆いながら顔を歪める少女に近寄り、ハーヴは広げた翼で少女の頭を撫でる。
同じく主人に近寄ったリザードが震える小さな背を優しく叩く。
サボネアが主人を慰めるように、大きな身振り手振りでダンスを踊り出す。
抱えていた感情を押し殺すこと無く吐き出すようにして、少女は暫く、こんこんと嗚咽をこぼすのだった。
一通り泣きはらした顔が落ち着いたところで、ぬいぐるみのように腕の中で抱えられていたハーヴは、セイナを見上げる。
『君は先ほど、9年前と4年前に、それぞれ迷惑をかけるようなことをした雰囲気の話をしていたが……君が大丈夫なら、私達にもう少し詳しく話してはくれないだろうか。――これは年長者としてのお節介だが、君はなんでも自分で抱えすぎだ。私だけでなく、君を心配する仲間たちが傍にいるのだ。君はもっと、彼らに自分の考えを打ち明けるべきだぞ?』
えへん、とどこか胸を張るハーヴの様子に、リザードが嫌そうな顔をしつつも頷き、サボネアが同意するように深々と頷く。
そんな様子に毒気を抜かれたらしく、セイナは苦笑を浮かべた。
「私、9年前以前の記憶がないの。住んでいた町で、”原因不明の事故”にテイルと巻き込まれて……その事故の影響で、それ以前の記憶を全くないまま……。これが、9年前の話」
小さく息を吸い、自分自身に言い聞かせるようにして、セイナは声を出す。
「4年前は……――私が、”イイ子”であり続けないといけないって思った話、かな」
それは、4年前のことだった。
ポケモントレーナーとして協会からの依頼を引き受け過ぎたテイルは、疲労による体調不良で寝込んでしまう。一週間経過しても体調が戻らない様子を心配していたセイナだったが、ある日スクールのホームルームで、近くの「ヤエの森」に関する注意喚起の話を聞く。
「ヤエの森」とは、ビャクヤタウン近くにある大きな森だ。その森の向こうには「フェイルス山」と呼ばれる大きな山脈が存在する。いずれの森も山も、生息するポケモンのレベルが非常に高く、一定の実力があるトレーナー以外は立ち入り禁止となっている危険地帯だった。
そんな森にここ最近、密猟者達が多数出入りしているのだという。理由は、数か月前から値段が高騰している「ラムの実」だ。
数か月前に『”ラムの実”を人間が食べると、体調不良があっという間に回復する』という根も葉もない噂が広まり、結果、ラムの実が高値で取引されるようになっていた。「ヤエの森」は元々出入りが制限されている事から、木の実が残っている可能性が高いと踏んだ半端な実力の密漁者達が森に入り込んでは、強いポケモン達に追いかけ回せて迷子になり、最終的に、協会へ救援を求める事態になっているのだという。
「うちの生徒で、あのヤエの森に入ろうなどと考えるアホウはいないと思うが、時期が時期だからなぁ。ともかく改めてにはなるが、ヤエの森は立ち入り禁止区域だから近づかないように。分かったなー」
スクールの担任であるクレフの話を聞き流しながら、セイナはいかにして森に入って、ラムの実を収穫するかを考えていた。
放課後、フレンドリーショップで野生ポケモンから逃げるための「みがわりぬいぐるみ」をありったけ買い込んだセイナは、ヤエの森へと足を踏み込む。幸いなことに狂暴な野生ポケモンと出くわすことなく、彼女はラムの実がなった木を発見する。
必要なラムの実を収穫した帰り道、セイナは、ラムの実が沢山実っている木の前で、スクールのクラスメイト達と密猟者達が揉めている姿を発見する。更にそこへ狂暴な野生ポケモン――ボスゴドラが姿を現し、クラスメイトと密猟者達を追いかけ回し始めた。
そのまま森を抜けて誰か大人に報告をするべきところを、セイナは持っていた「みがわりぬいぐるみ」でボスゴドラの注意を引くと、ボスゴドラを誘い出すようにその場から逃げ出す。
手持ちの道具を使って何度か追跡を交わそうとするも、思ったよりも足が速くて鼻の利くボスゴドラに追いかけ回され、遂には崖まで追い詰められてしまう。
そのまま突き飛ばされる形で崖からの落下を覚悟した刹那、上空からフライゴンに乗ったテイルに間一髪で助けられる。ボスゴドラをフライゴンで追い払ったテイルは、セイナの無事を確認し、小さく吐息する。
「ごめんなさい、テイル。私、」
「お前が無事で本当によかった。クレフやシャドウからの説教は、また今度でいいだろ」
謝罪しようとしたセイナに首を振り、テイルは安堵した表情でそう告げた。
だが、疲労が回復しきっていなかったらしいテイルは、家の前でフライゴンから降りた直後、その場で倒れてしまうのだった。
その後、セイナの持ち帰ってきたラムの実を使用した薬により、テイルの体調不良は嘘のように回復した。
しかし、自分が大人たちの言うことを聞かず、テイルに心配をかけ、体調を悪化させてしまったことは紛れもない事実だった。
「エメラルドさんが言っていた”4年前の事故”は、私が、言いつけを守らなかったから起きた事故。どうして立ち入り禁止になっていたのかを考えないで、感情のままに動いたことで迷惑をかけた。だから、」
『それで君は、”イイ子”でいる事にこだわっていたのか。――うむ。それなら、君がどうしてテイルの記憶喪失に安堵したのかもわかったぞ』
「え?」
『君は”これ以上、彼(テイル)に心配をかけなくて良い”と。そう思ったから、安堵したんだよ。心配を掛けるべき相手が記憶喪失になってしまったんだ。極論、君がどんなことをしても、”今の彼は心配しない”。そのことに君は無意識で気付いた。だから、肩の荷が降りた”安堵”なんだ、それは。君は私と出会った時から、常に誰かを――まぁ特にテイルだな。彼の一挙手一投足を気にかけていた。彼自身も分かっているようだったが、それを君に指摘したとしても、きっと君は無意識に納得しなかっただろう。テイルが記憶喪失になったことは、ある意味で、君が自分自身にかけた”呪い”を解く荒療治になった、と言うわけだ』
目を丸くするセイナへ、ハーヴは羽根先を突き付ける。
『確かに、君の言う4年前の行いは悪いことだ。禁止されていると言うのは、何事も必ず理由があるからな。そして、人助けは悪いことではないが、人助けのために君自身がピンチになっては、元も子もない。――だが、今の君には仲間達がいる! ザードに、タスタス! 私は戦力外だが、君にいくらでもアドバイスができる! ……まぁ欲を言えば、もうちょっと強いメンバーが欲し熱っ!?』
むすっとしたリザードの尻尾が、ハーヴの羽根をわざと掠める。つい笑い声を漏らすセイナに、ハーヴは仕切り直すように咳払いをする。
『ともかく! 私も、そして君の手持ちポケモン達も、君が大切で大事なんだ。だから、無茶をするな、とは言わない。――次から無茶をするなら、私や仲間達を巻き込むこと。分かったかい? 君は、一人ではないのだから』
ハーヴの言葉にしっかりと頷くセイナに満足げな笑みを浮かべ、ハーヴが軽く咳払いをする。
『――さて、セイナ。君が話しているだけでは不公平だな。だからうむ、私もそろそろ……まずは、言えることから話そう。前に言っていた、私の正体について、だ』
その言葉に、リザード、サボネア、セイナが顔を見合わせると、ハーヴは厳かそうに両翼を広げる。
『”カンギシ・ランドウ”。”しがないシリーズ”の作者。それが、私の人間の時の名前であり、肩書きだ』
カコンッ、と。何かが落下した音が響く。
音がしたのは、セイナ達の居る部屋の入り口だ。よく見れば入り口はわずかに空いており、そこから――モンスターボールが部屋へと転がり入ってくる。そのままボールの開閉スイッチが床で押し込まれたかと思うと、中から姿を現したのは、目頭に傷跡のある、大きな花を広げた無表情のフシギバナだった。
『ふ、フシギバナが何故……?』
「あのフシギバナ。どこかで見た気が……?」
そんな二人の呟きなど露とも気にせず、フシギバナは表情を変えずに草のツルを取り出すと、器用に扉を開きつつ、その向こう側に居た人物を部屋の中へと引っ張り入れる。ぽい、と投げ出すように部屋に放り込まれたのは、ミトリだった。
「おい、リョウク! “僕”は心の準備がまだできていないんだぞ! もうちょっと主人を慮った配慮をするのが、手持ちとしての優しさじゃないか!?」
「あ、発電所で見た、ミトリさんのフシギバナだから……」
文句を言うミトリにフシギバナは呆れたように一声鳴き、ついでにツルでセイナ達を指し示す。
突然の事態に驚く一行に気付いた彼は、普段よりもどこかそわそわと落ち着かない様子で頭を下げる。
「いやその……まずは、セイナ君。話を盗み聞きをしてすまなかった。君が入院したと聞いて見舞いに来たら、丁度、君が”そこの方”と話をし始めてしまったのを……偶然、そう、偶然なんだ……聞いてしまって…………。本当に、すまない……」
「い、いえ。それはその、部屋に入るタイミングを伺いたかったからですよね? えっと、ミトリさん……?」
頭を下げたままのミトリにセイナが困惑する。そして、ゆっくりと顔を上げたミトリの表情は――驚きと、悲しみと、複雑な全てが混じったものだった。そのままに、彼はハーヴを見つめ、呟く。
「貴方が、キドウさんの親友の…………」
『ん? キドウ……ミトリ…………あ゛ーーーー!!!! 君、もしかして”あの”ミトリ君なのか!? いや、というか、そうだ! そうだったキドウ! キドウがいたんだった!!』
セイナの腕から飛び出したハーヴがその場でバタバタを慌て出す。忙しそうに表情を変えるハーヴに、セイナが首を傾げる。
「えっと、ハーヴ。その、キドウさん、って……?」
『うむ、私の人間の頃の大親友、”シンヨウ・キドウ”という男だ! とにかく人が良い奴でなぁ。困っている人やポケモンを見るとすぐにお節介を焼く、お人好しオブお人好し! そんな彼に、昔、私の小説の初版を預けていたんだが、それを”ミトリ”という子に貸していると聞いてな、折角ならと初版本にサインを残してやろう、という心優しいエピソードがあったのだよ! って、まぁそれはさておき……そう、キドウ! 協会に所属している彼なら、私達の力になってくれるはずだ! ミトリ君。早速で申し訳ないが、キドウは今どこに』
「亡くなりました」
その言葉に、ハーヴが固まる。その言葉を発したミトリは、先程とは打って変わって硬い表情のまま、僅かに伏目がちに呟いた。
「9年前に、事故で、他界して……」
『そうか……。全く、人のことを言えた義理ではないが、彼はきっと最後まで、誰かのためにあったんだろう。――君が、彼を看取ってくれたのかな』
「……何故、そう思うんですか?」
『勘だとも!』
自信満々に胸を張るハーヴに、ミトリが僅かに視線を外し、首を横に振る。
「……――いいえ。ただ、墓の方は私の方で定期的に見ていますけど……」
『それで十分だ。アイツは君のことを、本当に大切そうに話していたからなぁ。さて、懐かしい話ばかりでは話が進まないから……というか、セイナ。君、あまりにも驚かなさすぎではないか? 君も私のシリーズを見ていたんだろう。なら、もう少しこう……驚きとか、作者に出会えた嬉しさとかはないのか!?』
「ええっと……ランタウンでしがないシリーズの問題を普通に解いてたし、最終巻の話ですっごく熱弁してたから、多分そうなのかなって……」
『否定出来る要素がない……』
両翼をベッドに降ろして打ちひしがれる側で、ふと、ミトリが部屋の中を見渡す。
「あぁ、そうだ。話を続ける前にセイナ君、ラ……いえ、ハーヴさん、のほうが良いですね。少しだけ、静かにして下さい。――エリック」
ミトリが放ったボールから飛び出てきたのは、ライボルトだった。意味が分からずに首を傾げるセイナ達とは対象的に、”何をするか理解できた”フシギバナと、静かに黙っていたエメラルドのエーフィが嘆息し、
「”エレキフィールド”」
バチンッ、と、部屋の中にある小さな何かが幾つか爆発する。それと同時に、一度閉めたはずの病室が大きな音を立てて開かれる。苦々しい顔で現われたエメラルドに対して、ミトリは整った笑みを返す。
「あぁ。盗聴器を仕掛けたのは、”捕獲屋”だったのか。てっきり、“例の組織“の仕業なのかと思ったよ」
「えー色々言いたいことはあるんです、が……普通、人の病室に盗聴器が仕掛けられているなんて、気付かなくない……?」
「私は仕事柄、こういうことには慣れていてね。――ということで、セイナ君。彼も同罪だろうから、謝罪させた方が良いと思うんだけど」
「えっと……」
「いやまぁ、君の過去話を無断で聞いていたのは悪かったよ……。でも、重要人物である君をそのまま放置しておく訳にはいかないんだ。何かあったら、今度こそ俺が絞られる……!」
「重要人物?」
「君は今や、モノクロ地方のマスターランクに対して弱みを握れる存在なんだよ。しかも、何度も白の組織の人間と相対しては、最終的に相手を負かしている。今回の協会やシュコウシティへの襲撃は、この白の組織の仕業だ。あいつらがどういった目的で動いているかは分からないけど、今後、また君が奴らに狙われる可能性だってある。でも、今のテイルじゃアテにならないだろ。だから体調が良くなったら、その後は保護観察として協会に居て貰うつもりで――」
「私はまだ、旅を続けるつもりです」
その言葉に、エメラルドが驚きであんぐりと口をあける一方で、ミトリは静かに目を細める。
何か言いたげなエメラルドを、セイナは真っ正面から見据える。
「初めは、周りに言われたから、何となくそうした方が”イイ子”として見られるから。そういう理由で、私はサマートライアルに参加して、テイルに付き添ってもらう形で旅をしていました。でも、」
ベッドのシーツを強く掴む。言葉を切ると共に、少しだけ俯く。
僅かな視界の隅で、彼女の背を押すように、手持ちポケモン達が主人を期待と不安の眼差しで見つめている。
ハーヴが、こくりと頷く。
それが――セイナにとっての、勇気になる。自分は一人では無いと、強く思える。
ほんの僅かに震える口を引き結び終え、強い意志を宿した赤い瞳が前を向く。
「ハーヴから、『クチハテの神殿へ連れて行ってほしい』と言われたのは、私です。ジムリーダーの人達から、ソウセイの腕輪に選ばれたと言われたのは、私です。
――私は、私の意思で、最後までやり遂げたい。他ならない、私の意思で!」
瞬間、セイナの鞄から強い光があふれ出す。光の中から姿を現したのは、ウスハナシティのジムリーダー、ジュウイチロウから渡された宝石箱だった。そのまま宝石箱がひとりでに開いたかと思うと、中から飛び出てきた宝石が、セイナの腕輪へと収まる。
「ジュウイチロウ君から貰った、”意思”の宝石箱! そうか。彼女の意思表示がトリガーに……しかし今更というか、その……私自身も君の背を押したとはいえ、いいのか?」
「うん。私はまだ、旅を続けたい。それでちゃんと貴方を――ハーヴを、”クチハテの神殿”まで送り届けたいから」
「そうか……。――それなら、私も安心して君達と共に行こう。改めて、宜しく頼む」
両翼を差し出すハーヴに自身の両手を合わせて、セイナがこくりと頷く。と、側から申し訳なさそうな声で、エメラルドが片手を挙げる。
「あー、盛り上がっているところ悪いけど……俺は承諾できないぞ。君、ポケモントレーナーとしてはまだ新人だろう? 白の組織の奴らも、今までのように勝てる保証はない。君がそれなりの実力を有するならともかく、今のままじゃ、無駄に人質を増やす可能性になりかねないわけで、」
「それなら、君が引率トレーナーになればいいんじゃないかな、エメラルドさん。引率トレーナーの条件は、スーパーランクS以上。君は確か、ハイパーランクAだよね?」
その言葉に、エメラルドが再び苦い顔をする。
「それはまぁえぇ……。ただ、俺も協会としての仕事があってですね、」
「私が、”捕獲屋”に対してお金を積む形で”依頼”をしたって良いんだよ。”捕獲屋”は”話を最後まで聞いた依頼は断らない”がモットーなんだろう?」
エメラルドが口元を思いっきり曲げて嫌そうな顔をするものの、ミトリは柔和な表情を崩す様子はない。
「あ、あの、ミトリさん。これは私の問題ですから、そこまでされなくても……」
「新人トレーナーの背を押すのは、大人の役割だ。これくらいのやり取りは必要経費なんだよ。とはいえ、もう少し気持ちよく引率をして貰いたいというなら……セイナ君。君のことを認めてくれている人達に、彼を説得して貰うのも手だよ」
「私を認めて……? ――あっ、じ、ジムリーダーの人達、この病院にいらっしゃるんですか!?」
「なーんでそれ、アンタが知ってるんです? ライトカラーシステムズ社、ポケモンの預かりボックスシステム運営管理会社社長のミトリ様」
「ジュウイチロウ君から、少し前に連絡を貰っていたんだ。彼から少し、”個人的な頼まれごと”をお願いされていてね」
「はぁ~~それは随分と都合のいいことで~~」
ハーヴをちらりと見つつ、ミトリはエメラルドの嫌味に軽く肩をすくめる。そんな二人の間で少しだけ困った表情になるセイナだが、恐々とした様子でエメラルドを見上げる。
「あの、エメラルドさんは私を監視する必要があるんです、よね? そしたらその……この宝石箱、元はジュウイチロウさんのジムにあったものなんです。なので、これを返却する必要があって……一緒に、ついてきて貰えますか?」
「はぁ、ここで俺がごねてもしっかたねぇもんな……オーケー、了解だ。君が本当に実力があるかどうかは、ジムリーダー達に話を聞こう。彼らはその辺公正だ。いくら君がソウセイの腕輪とやらに選ばれたとしても、ジムリーダーとしての視点から、君の旅を認めるかどうかは別問題だろうからね!」
ミトリとエメラルドを連れてジムリーダー達の病室を訪れたセイナは、ジュウイチロウへの箱の返却もそこそこに、自分達の旅の理由、テイルが倒れたことで引率トレーナーをエメラルドに代わりで引き受けて欲しい事等、一通りのあらましを説明する。話を聞き終えたジュウイチロウは、呆れた表情でエメラルドを見上げた。
「引率トレーナーくらいやれよ、捕獲屋。マスターのが動けないなら、その辺の面倒を見るぐらいの甲斐性はあんだろ。実力だぁ? 少なくとも、ウツロックスをキめたピクシーを相手取って、最後にキッチリ締めた実力なら、俺は評価できると思ってるぜ」
「そうよねぇ。監視と保護が協会の役割というのなら、ジュウイチロウちゃんの言う通り、引率トレーナーはしてあげるべきだと思うわ。今回のサマートライアルは、トレーナーになることを知らなかった子供達に、もっとポケモントレーナーを知って貰うための企画よ。それなら、協会員としての仕事として認められるでしょうし」
「そうッスよ。そこでごねる意味、ぜんっぜん理解できないんっッスけど~。てか、捕獲屋って普段は暇な人種っスよね?」
「駄目だよ、ヨリカちゃん。エメラルドさんに本当のことを言っても、エメラルドさんなりに考えがあるんだろうから……」
「だああああ!!! アンタらさーーあーー!!」
地団太を踏むエメラルドの傍で、ベッドから上半身を起こしているジュウイチロウは、ギロリと視線を鋭くする。
「そもそもテメェ、こいつらの監視で実力はある程度把握済みだろ。俺達がウツロックス感染のポケモンとバトってる時に高みの見物決めてたのも、コイツの実力なら”対処可能”だって判断したからだろーが。大体マスターの奴なんざ、情報源の時、分かりやすくテメェがいた場所を見てたしなぁ」
「う゛」
(そういえば確かに、テイルが見たところに、変な影があったけど……あれ、エメラルドさんだったんだ)
「とはいえ、この捕獲屋の言い分も理解できなくはねぇけどよ。――ピンク髪、お前らの探してるっていう『クチハテの神殿』ってのは、”いつまでに”向かえばいいんだ?」
ハッとしてセイナがハーブを見ると、彼は少しばかり難しい表情で顔を強張らせていた。
『……いつまで、という明確な期間は、実は私にも分からない。ただ、あまり長くはない、と、思う……』
「俺や他のジムリーダーの考えは、あくまでも”今後長くポケモントレーナーをするなら”っていう条件が前提だ。テメェらが今すぐに向かうってーと、短期間で実力を身に着ける方法がないなら、」
「方法はないわけじゃない。……ないわけじゃない、んだけど、も、なぁ~~~~」
うめき声をあげたのは、一番反対していたはずのエメラルド本人だった。両腕を組んで一人百面相みたいなことをしだす彼から目を離したジュウイチロウが、そういえば、と呆れた目になる。
「このピンク髪の試練に対してやんや言ってきたあの阿呆、ぜんっぜん姿を見せやがらねぇな」
「あー、フジシロさんっスね。あの人、突然電話よこしたかと思ったら『マスターランクを引率者につけた新人トレーナーがきたら、『しがないシリーズ』の問題でも出してあげてね~』とか言ってきたんッスよねぇ。しかも前後の説明もなしに」
「わ、私も、フジシロさんから連絡があって、試練を受けに来た子に、身の回りに気を付けるように伝えて欲しい、って言われました……!」
「あらあら、みんなもそうだったのね。私も、セイナさんたちが来る少し前に電話があったわ。その時は、地下の様子はどうですか、って聞かれたの。ただ、その電話もあって地下を少し気にしていたから、彼女達が来た時に気が付くことができたのよねぇ」
『貴方がたが言っている”フジシロ”というのは、コクヤのジムリーダーのことか?』
全員が一様に何とも言えない顔で頷く様子に、ハーヴは目を細めて眉を顰める。
「えっと、ハーヴの知っているジムリーダーなの?」
『あぁ。私が、モノクロ地方で最後に調査をしていた土地のジムリーダーだ。まぁ、どういう人物かというとだな……』
「滅茶苦茶な幸運と不運を持ってるギャンブラーっス」
「秘密の多い子よねぇ」
「いつも先を知ってるような思わせぶりなことを話される人で……」
「煩い、喧しい、わざとらしい。が、あの人の言う事は、本質的に的を得ている。そーいう人だ」
「ええっと……癖が強いジムリーダー?」
『一般的にはそう見えるだろう。ただ、彼にはもう一つ別の側面があって、』
突然、ハーヴの言葉を遮るようにして、ジュウイチロウの傍にある携帯の着信音が響き渡る。
発信源を手にしていたジュウイチロウは、軽く断りを入れつつ液晶画面に目を落とし――彼の瞳が半眼に、ハッキリと嫌そうな表情へ変わる。そうして、深々とため息をついた彼は、通話開始のボタンと共に、携帯のスピーカー機能を有効にする。
すると、”まるでそれを見計らっていたかのように”、電話向こうの相手が喋りだした。
『おーす! 今代の選ばれし者よ! 元気に”試練”やってるかー! ――なぁんてな。やぁやぁ、初めましての方は初めまして。ご存じの方は毎度おなじみ。コクヤタウンジムリーダー、フジシロさんだよ~』
フジシロと名乗る軽薄そうな男の声に、その場にいる全員が驚き、或いは呆れた表情をする中、ジュウイチロウは携帯端末を睨みつける。
「いっつも思うんだけどよ……アンタ、こっちの様子をどっかから監視してねぇだろうな?」
『あっはっはっは! ジュウイチロウは面白いことを言うよねー。俺の性格的に、わざわざ監視するぐらいなら、姿を見せてババーンと驚かせるに決まってるでしょ☆ ま、今はちょっと手が離せなくて行けないんだけど、状況説明道案内他エトセトラは必要だろうと思ってね~。必要なメンバーが揃ったであろうタイミングで電話をした、って訳さ。――まずはランドウさん、お久しぶりですね』
「フジシロ君。やはり君は、」
『おぉーっとぉ! ここで俺は、貴方からの質問について何も回答はできませんよ。ある奴から口止めされてるんでね。聞きたいことは、自分で”直接”聞いてくださいな。って、知り合いで話盛り上がってたらつまらないか。ねー? ソウセイの腕輪に選ばれたトレーナーちゃん』
突然矛先を向けられたセイナは目を軽く瞬いてから、首を傾げる。
「えっ……と、特には?」
『あらあら思ったよりも真面目っ子ちゃんか~。ただねぇ、真面目だけじゃあ強くはならないんだよ。旅を続けたい”意思”はあっても、君は、それに対する”責任”が伴ってないからねぇ』
どこか嗤うような声にセイナが携帯端末から僅かに視線を落とし、強く握りしめる手に視線をおろす。と、まるでそれを待っていたかのように、フジシロの声がひときわ高くなる。
『ってこーとーでー! 今なら、な、なんと! ”ワダツミ島”の浮上が明日の午後11時21分に迫っておりますっ! ワダツミ島で、レッツ、修行! 心身共に鍛えまくって強さを求めてみよう~! なお、次は31日後の同時刻だよっ。――エメラルド君なら、この情報だけで十分だよね~』
全員の視線を受けたエメラルドは、はっきりと頬を引きつらせていた。
「ほんっと……流石、”コクヤタウンのジムリーダー”様だな。えぇえぇ、たいっへん有益な情報をご提供いただき、本当にありがとうございますーー」
『あはー、棒読みでお褒めに預かり恐悦至極に存じます~。そんでもって――……ジュウイチロウ、ソウセイの腕輪に関する試験を執り行ったジムリ代表として、俺に言いたいことってあるー?』
先ほどよりも幾分か冷静な表情で思案したジュウイチロウは、小さく息をついた。
「どうせアンタだから答えないと思うけどよ……――”ソウセイの腕輪”に選ばれる奴っていうのは、”一体何なんだ”?」
『何なんだ、というのは? あ、ちゃんと周りの人達にも分かるよーに理由から教えてね』
「あー……そもそも俺達ジムリーダーは、就任時に必ず、ソウセイの腕輪に関する昔話と、地下にある扉の秘密を前任者から引き継ぐ。
『モノクロ地方では時折、“物語を作り直したい者”がソウセイの腕輪を所持し、各ジムを巡って、扉の先に封印されている宝石を集めることがある。その際に各ジムリーダーは、ソウセイの腕輪の所持者が、封じられた言葉を”預けるに値するか”見極める試練を課す必要がある。試練を乗り越えた者ならば、自ずと扉は開かれるだろう』ってな。
とはいえ、実際今回みてぇにソウセイの腕輪を持ってる奴がジムに来て、開かずの扉を開けて、宝石が腕輪へ収納されるのを見てなけりゃ、通常は半信半疑の話だ。だからまぁ、そこの信ぴょう性についてはもう疑ってねぇよ。
――だが、コイツが”物語を作り直したい者”であるか、については、正直”ない”と思ってる。どうせアンタだ。それも理解してんだろ?」
ふふっ、と電話の向こうの男の含みのある笑い声が聞こえる。僅かに頬を引きつらせつつも、ジュウイチロウは言葉を続ける。
「それを踏まえた上で、アンタの電話の内容についてだ。ミヨコのばあちゃんには、地下を気にするように告げた。だから、ソウセイの腕輪を持つ奴がやってきたことに気づくことができた。ヨリカには、通常のトレーナー判断とは別に、特定の小説に関する問題を出すように言った。結果、ピンク髪は、自分の傍にいる存在が、”元は人間ではないか”という疑念を持つことが出来た。ニナには、周囲を気を付けろと警告するように伝えた。結果的には、白の組織の奴らの襲撃にもある程度対処できた。んで、俺に対しては……――倒れたジムリーダー達は、全員、”ウツロックス”の痣があるって情報。それから、”ソウセイの腕輪を持つ人間が、本当にポケモントレーナーとしての自覚と意思はあるのか。ふさわしくない場合、その信念は徹底的に折るべきだ”って、言ってきたよな?」
思わず息を呑むハーヴを抱きしめつつ、セイナは落ち着いた眼で携帯端末へと視線を向ければ、あっけらかんとした答えが返ってくる。
『当然、覚えてるよ~! でも、ジュウイチロウは優しいから、少し厳しいかなーってちょっと思ってたんだよねぇ。ま、今時点で”意思”の解放までは終わってるから、結果的には問題ないんだけど』
「それだよ。お前が”焦る”理由がわかんねぇんだ。自覚だの意思だのってのは、通常、時間が解決するか、自分で見つけるもんだろ。だがアンタは、それを他者の介入で無理に促すよう仕向けた。本当は、このソウセイの腕輪を持つ奴に、とっとと宝石を回収して欲しいんじゃないのか?」
電話向こうからは特に反論の声は聞こえてこない。だが、まるで言葉の続きを待っているような相手に、声を上げる。
「最初の質問に戻るぞ、フジシロ。――ソウセイの腕輪に選ばれた奴っていうのは、一体何なんだ? アンタはいったい、腕輪を持っている奴に何をさせたい」
『ジュウイチロウ』
名前を呼ばれた途端、彼は気圧されたように言葉を止めて、身体を強張らせる。その気配に、電話の向こうの男が”告げる”。
『俺がそれらの問いに答えれるのは、俺以外のジムリーダー達の試練をクリアした、腕輪に選ばれし者だけだ。俺は、コクヤのジムリーダー、地方の神秘を”守護する者”。――地方の神秘に近づく者を”裁定する”役割を担う存在だ。当然、忘れていないよね?』
「……――あぁ、わーってるよ。だから言っただろうが、”どうせアンタだから答えない”って」
『えーん、冷たいな~。俺だって別に、心が無いわけでもないんだよ? 例えば、ソウセイの腕輪に選ばれたトレーナーちゃんが、必要な物と俺以外のジムリーダーの宝石を全て集めたら、特別な情報を開示してあげれるよ。”クチハテの神殿の場所”と、”9年前の事件の真実”の情報を』
「えっ」
『なっ!?』
『うんうん、良い反応! あ、質問は受け付けておりませんのであしからず! ってことで、あぁ~電波が悪いところに暫く入るから電話が切れてしまう~! ポチっとな』
通話の終了を伝える繰り返し音が響くと同時、貯めていた息を吐きだしたジュウイチロウは、何とも言えない表情でセイナ達を見つめる。
「……これが、コクヤタウンのジムリーダー、フジシロだ。とにかく癖のあるジムリーダーなのは分かった通りだろ。一方で、地方の神秘を”守護する”っていう秘密主義で冷酷な一面もある。ま、アイツの言う『地方の神秘』ってのが、何を指しているか詳細までは分からねぇけどよ。少なくとも、ソウセイの腕輪や昔話には関連するんだろうな」
やれやれと肩をすくめる各ジムリーダー達を見回してから、ここまでの会話を思い出したセイナは疑問を口にする。
「フジシロさんは、その……未来が分かるんですか? それに、私たちのことを詳しく知ってて……」
「あー、その辺はさっぱり不明っス。あの人、こっちのことは全部マルっとお見通しなんっスけど、自分のことは一切のらくら逃げて喋らないんっスよ~」
「あぁ、だからあいつのことは考えても無駄だ。もう、そういう”突然助言をしてくる現象”とでも思ってた方が気楽だぞ。
――そういや捕獲屋。フジシロの言っていた”ワダツミ島”ってのは、お前がさっき悩んでた、短期間で実力を身に着ける方法に関係ある島なのか?」
「あー……うんまぁ、そう、なんだけどなぁ……」
随分と歯切れの悪いエメラルドの様子に、その場にいた面々が首を傾げた瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「そこからは私が説明しよう!」
「リユウ博士!?」
「はい、ちゃんと驚いてくれるセイナちゃんに携帯端末を返却だよ~。それにしても、届けるついでに君の様子を見に来たんだけど……うん、なかなかどうして、面白いことになってるねぇ。――と、いうことで。私とワカナ君が、嫌がるエメラルド君の代わりに、君の修行に同行しよう!」
「えっ」
「エメラルド。ワダツミ島には私が連れて行くわ。それなら、貴方の仕事に影響はないでしょ?」
リユウと共に姿を見せた助手のワカナの言葉に、エメラルドが驚きと共に狼狽する。
「えっ、いや待ってワカナ!? ってか、一体どこから話を」
「先に来ているミトリさんから、ショートメッセージで”少々”事情を聞いてねぇ。そんな面白……――失敬。興味深い島に行くなら、当然行きたいと思うのが博士ってもんだよ~」
のんびり答えるリユウから目を離したエメラルドが勢いよく振り向いた先では、ミトリがジュウイチロウへ何かの本を渡しているところだった。視線に気づいたミトリが含みのある微笑を浮かべる様子にエメラルドが声を上げる前に、ワカナはずいと顔を近づける。
「エメラルドは協会の仕事で忙しいんでしょう? それなら、私と博士で彼女の修行と面倒を見ます。30日間もあれば、自衛のための強さをつけてあげれるわ。だから貴方は、”こっち”で協会の仕事をしてて大丈夫よ」
「いやいや待て待て待てって! そもそも俺が渋ってたのは、」
「あ、タイミングは、明日の午後11時21分、でしょ。フジシロさんからも、必要な情報だろうからって連絡が来たもの」
「あのジムリーーーー!!」
「もう、”私が”ワダツミ島への入島を許可します。だからエメラルド、後は」
「俺が渋ってたのはお前に確認したかったからだ! お前が問題ないなら、彼女も、リユウ博士も、お前も! 一緒に連れてくつもりだったんだって!」
「あら、そうなのね」
さして驚いてもいない表情のワカナの前でぜぇはぁしているエメラルドを見つつ、セイナは困惑の表情を浮かべたまま恐る恐る尋ねる。
「その……ワダツミ島は、どういった島なんですか……?」
「あー、簡単に言えば”ポケモンの楽園”、かな。人の手が入っていない豊かな自然環境を有した島で、多くの野生ポケモンがのびのびと暮らしているんだ。ただし、普通の手段で島に行くことはできない。なにせ、別の次元に存在する島でね」
『別の次元!? それはあれか、ウルトラスペースといったあの類か!?』
「ウルトラスペース?」
食い入るように身を乗り出すハーヴにセイナが首を傾げると、ニンマリとした笑みのリユウが指を振る。
「とある地方の、未知の空間の通称だよ。その場所は、私たちの世界では考えられないような自然環境で成り立っているそうでねぇ。常に夜にしかならない土地や、荒廃した大地と砂漠に覆われた不毛の土地もあったり、後はそう、普通では考えられないような生態系のポケモンが存在する、なんて噂もある。ま、いわくつきの空間ってことさ」
「えっと、島には未知のポケモンは生息していませんよ。ただ、別の次元に存在するためか、その島にいる時だけは時間の流れが遅いんです。例えば、島の中での1年が、現実世界での1か月という感じですね」
「そうそう、ワカナの言う通り。――んで。そのワダツミ島に行くためには、島へ接続可能な時空間の観測とか諸々必要で、その辺がめっっっちゃくちゃ手間で大変で面倒なんだよ……」
「ははぁ、なるほど。話が読めたな。つまりテメェは、最初からその島での修行という算段はあったものの、協会襲撃の後始末で時間が無くて渋ってたわけか。なら、捕獲屋はフジシロに感謝するしかねぇな」
「そうね。今度、バイト先のカフェに来られたら、デザートのサービスはしようかしら」
「えぇ~~……口堅い面々とはいえ、ここで島の話出した人に感謝したくないっつーか……ってか、ワカナは別に、あの人に感謝とかしなくていいんだからな!?」
リユウの助手であるワカナとジムリーダーやエメラルドがわいわいと盛り上がる様子に、セイナが目を瞬く。
「おや。セイナ君はワカナ君の様子が意外だったのかな?」
「あ、はい。その……ワカナさんって、とても落ち着いた助手さんだと思っていたので……」
「ははは。まぁ、私の助手をしている時のワカナ君は、それはもう仕事モードでキッチリしてるからね。んで、今の姿はただの惚気姿だからさ」
「……のろけ?」
「うん。なにせワカナ君は結婚してるからね、そこのエメラルド君と」
数秒後。
事実を知らない一部ジムリーダー含め、本日一番の驚きの声が部屋の中に響くのだった。
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2025.12.28
ひとまず書けているところまで公開です。
この第2部のくくりを全部書き終わったら、一部修正したりする可能性もあるので、あくまでも現状書き終えているところのお外だし、という感じです。
ちなみに一番最後の情報は、昔から弊オリトレ知っている方々も多分新情報ですね、はい、この本編ではすでに結婚しております((