1:謎のポケモンとの出会い

夏休み前の終業式の帰り道だった。
駅からビャクヤタウンまで続く森を抜ける途中のセイナは、突然現れた狂暴なバンギラスに襲われる。そうこう逃げまどううちに、森を抜けた先にある、立ち入りが制限されている更地までやってきてしまう。
逃げ場がなくなってしまい、腕を大きく振りかぶったバンギラスの目の前でうずくまった次の瞬間、地面から突然沸き上がった灰色の繭が、狂暴なバンギラスを勢いよく吹き飛ばす。
そのまま動きが鈍くなり、ついにはその場に気絶するように倒れてしまったバンギラスとは反対に、宙に浮いたままの繭が脈動し、ついにはひび割れが入る。
そして、何時の間にか森を抜けてきたらしいテイルが姿を見せた瞬間、繭の中から、赤黒い棘のついた翼を持つポケモンが生まれる。
生まれたポケモンは、少女を見据えて言う。
「やぁ、ポケモントレーナーの少女よ。どうか旅のついでに、私を『クチハテの神殿』まで連れて行ってくれないだろうか!」
生まれて人語を喋るポケモンに驚いて二の句が次げないでいるセイナに、生まれたポケモンは、言葉が伝わらなかったのかと首をかしげる。と、テイルが言葉を喋るポケモンの後ろ首を掴んで持ち上げ、呆れた顔をする。
「おい。お前、一体何を言って」
「ポケモンが、喋った……」
「なっ」
「おぉ、やはり聞こえていたんだな! そう、何を隠そう、私は人の言葉を話すことが出来るポケモンなのだよ」
えへん、と胸を張る仕草を見せるポケモンに、セイナが恐る恐る尋ねる。
「あの、貴方の名前は……?」
「あぁ、申し遅れた。私の名前は、うむ、そう……ハーヴ、という!」
「ハーヴ? 聞いたことのないポケモンだな」
「あぁ。これは種族名ではなく、私の固有名だからな。種族名は……なんだろうな? いや、そもそも私は何者だ……?」
突然、自分探しをしだす謎のポケモンに困惑するテイルの傍で、セイナは申し訳なさそうな顔で視線を落とす。
「あの、ハーヴさん」
「さん、はいらないし、敬語じゃなくていいぞ! む、そういえば君、名前はなんていうのだ?」
問われて、困ったセイナはテイルのほうへ様子を伺うように顔を向ける。肩をすくめる彼に一度頷いたセイナは、恐る恐る名乗る。
「あの、セイナ、です。えっと……私は、ポケモントレーナーじゃない、から……だからその、お願い事はこの人、テイルに」
「ならば、今日からポケモントレーナーになってみてはどうだろうか!」
「え」
「ポケモンを扱い、ポケモンと共にいればトレーナーと言えるぞ! まぁ、私の場合は期間限定加入になってしまうから、他に正式なポケモンを貰うべきだと思うが……そっちの君、テイル、というのだな? どうだろうか。彼女用に、初心者ポケモンを捕獲してくる、というのは」
手際よい感じで話を持っていこうとするハーヴに深々とため息をつきつつ、テイルは、こちらを心配そうに見つめてくるセイナへと向き直る。
「勝手に話を進めるな。ただ……セイナ。明日から協会主催の『サマートライアル』がある。折角の夏休みだ。俺も一緒に行くから、少し、旅をしてみないか」
酷く驚いた顔で目を丸々としたのち、恐る恐る、小さな声で問う。
「……いいの?」
「むぅ。別に旅をするのに、許可はいらないと思ふがっ」
「あぁ。もし駄目なら、俺がこいつを連れていく。が、最初にこいつから依頼を受けたのはお前だ。なら、お前が答えてやるのが筋だろう」
テイルの言葉に少しだけ逡巡した後、セイナはハーヴへと向き直る。
「えっと……そしたら、私で良ければ、だけど……。ただ、その『クチハテの神殿』はどこにあるの?」
その言葉に、ハーヴは大仰に頷くが、
「うむ。それが私も、『クチハテの神殿』に行かないといけないのは分かるが、どこにあるか分からないのだ! ……あと、私がどのようなポケモンであるか、本当に知らないだろうか?」と不思議そうに尋ねられ、二人は困惑するのだった。

*****

一行は、セイナの担任であり、村唯一の医者にして物知り屋であるクレフという青年の家を尋ねる。やはり該当するポケモンも、そして『クチハテの神殿』という場所についても心当たりは無いと断言する彼だったが、『リユウ』という博士であれば、地方を巡っているポケモン博士であることから何か分かるかもしれないと言い、彼女への紹介状を手渡される。
クレフに礼を言って家を後にしようとしたところで、一人だけ呼び止められたテイルは、彼から定期的に処方されている薬を受け取る。
「お前達の旅が、波瀾万丈であることを楽しみにしているぞ」
彼は左右非対称の笑みを浮かべてそういった。

*****

皆が寝静まった夜半。ハーヴはひとり、町外れにある崖へとやってきていた。そして、そこに居ない誰かと言葉を交わし始める。
相手を宥めるように言葉を重ねていた彼は、やがて吐息と共に呟く。
「これが、私達の最初で最後の旅路になるだろうな。だからこそ、私は必ず、君との約束を果たしてみせようとも」